「NEWSゆう+」朝日放送12月15日放送の「どく断度」研究2



さて、今日は「NEWSゆう+」の「堀江のどく断!」コーナー1215日放送分の検証その2をアップさせて頂きます。
前回、去年の1230日には「アナウンサーを卒業せよ」というサブタイトルとその編集について、実際の取材内容を私ども大阪市の録音から文字起こししたものを比較する形でアップしました。
今回は私が関西州というものに対して「漠然としたイメージを持っている」と語った部分の比較です。


なお、第一回は http://kuniohiramatsuosaka.blogspot.com/2010/12/news1215.html にあります。



≪ナレーション≫
では、関西州実現までの道のりは?
県を合併し、州を設立するには、憲法改正など難問も予想される。前回、橋下知事は、都構想実現までのスパンを「5年程度」と話したが。

堀江キャスター
いつごろまでにこれをやろうという計画なんでしょうか。

平松市長
はい、あ、それは都構想が5年でできるっていうふうに、橋下さんがおっしゃっているスケジュール感ですか?

堀江キャスター
ええ。それよりもなんか、道のりとしては、いろいろ遠いのかなあと。

平松市長
いや、遠いっていうんじゃなくて、実質を先に出していくという部分で言うと、むしろ我々がその水平連携をやれる部分のほうが動きとしてはみえやすい動きにつながると思ってます。

≪ナレーション≫【救急安心センターの活動イメージ映像】
「先に大風呂敷を広げるのではなく、例えば救急分野のように、市町村間連携を深めていけば、おのずと実現へつながる」と市長は言う。だが・・・。

平松市長
これを大阪市が、全部これをやるという話ではないんです。ですから、こういうふうな手続きがいるのかもしれません。しかし、その、関西州自体がどういうものかっていうものも、今、明確な規定はないんですよ。

堀江キャスター
そうですね。

平松市長
府県域を全部つぶしてしまうのか、ひとつのものにするのか。私の場合は漠然としたイメージを持ってます。

≪ナレーション≫
市長の口から出た「漠然」という言葉。未来の大阪はこうあるべき、という明確な発言は無かった。



いろいろなやりとりの中で「漠然」という言葉をつかった私がいけなかったのかもしれませんが、このやりとりの実際はどうだったのかという部分をご覧いただきます。インタビューのままの文字起こしですから、当然放送の流れとは違います。

なお、放送で使われた部分は文中で色分けし、放送の流れとしては青字緑字赤字の順となっています。


堀江キャスター 
その辺がきっかけかなあと。一方で、あのね、さっき、知事が、ああいう都構想、実はあまり出てこないということで、それに対抗するんではなくてっていうふうなことをおっしゃっているんですが、これは出されましたよね、地域主権確立宣言っていう。

市長 
はい。

堀江キャスター 
で、これはあの、市長の名前ということなんですけれども、あの、市長が考えたんですか。

市長 
はい。私が思うことを、というのは、私一人が、例えば、地方分権であるとか専門的に研究している職員がいっぱいいるわけですから、そういったそのあらゆる知恵を集めてくる中で、一番の基本というのはね、これの基本というのは、これ大げさに書いてますけど、住民自治とはなんだ、あるいは地方分権が進んでくる中での地域主権における自治体のあり様っていうのはなんだっていう部分を書いただけのことなんですよね。

堀江キャスター 
ただ、その先にめざすものとして、関西州の実現というものがありますよね。

市長 
はい。というのは、なぜ地方分権の議論が、この間、何十年もなされているのかっていうのは、やはりあの廃藩置県後、確定してしまっている都道府県自体の、都はまあ別にしまして、道府県、府県自体のその機能っていうものが、果たして今の大きさで、今の形でいいのかっていう部分が一番問われたからこそ、平成の大合併になったわけですね。

堀江キャスター 
ああ、まあそうですね。

市長 
で、なおかつ、地方分権というものが進もうという動きになって、その基本にあるのはやっぱりどう考えても、その住民自治という部分ですよね。

堀江キャスター
はい。で、その住民自治を進めていく上で、関西州というかたちになってくると、逆に大阪府というもののほうが必要ないという、こういうふうな考え。

市長
はい、そうですね。

堀江キャスター
でいいわけですね。で、そこは橋下さんと大きく違って・・・

市長
橋下さんも「府はいらん言うて」。

堀江キャスター
府はいらんと…。まあ、橋下さんは「都にしよう」ということで。

市長
同じなんですけどね。

堀江キャスター
都は無いと、都もいらないと

市長
都もいらない。はい。

堀江キャスター そうすると、これ(関西州実現までの予想工程を書いたフリップ)をつくってみたんですけど、関西州を実現しようと思うとですね、府県の合併というのが必要になってくると、いう風になりますと、それぞれの議会で議決され国会でも承認されて閣議決定というものが当然必要になってくると。で、ここまで行って合併したとしても、するという方向になったとしても、じゃあ隣はどうするんだ、関西州だけできたとしても、他の州はどうするんだ、ということもある。それぞれの州で法律を作っていこうということになると、憲法改正ぐらいのところまで必要なのかなと、そこまでやって州にたどりつくというふうに思うんですが。こんな感じの。


市長
あのね、地域主権確立にむけての宣言なんですけど、これを大阪市が全部これをやるという話ではないんです。ですから、こういうふうな手続きがいるのかもしれません。しかし、その関西州自体がどういうものかっていうものも、今、明確な規定はないんですよ。

堀江キャスター
そうですね。

市長
つまり都道府県、今の府県、この中の府県域を全部つぶしてしまうのか、ひとつのものにするのか、また別の方の意見では、別に関西州という広域連合もこないだ出来ましたけど、関西州というものであって、その線が残っていてもかまわないというゆるい連合だってありえる。こういう考え方もされる。

堀江キャスター
関西州の中に府県が存在してもいいじゃないかと。

市長
ですから、府県の機能というものをどれだけお互いに融通し合えるかによって、存在、今のはっきりした県境みたいなものの存在自体が薄まってくるであろう、というようなイメージ。私の場合は漠然としたイメージを持ってます。で、その地域主権確立にむけての宣言を出させていただいたのは、あの、地方分権という流れの中で一番の問題点は府県が相変わらず許認可行政という形でしっかりしたものを握っている。ところが政令市というものは、ご存知のように昭和31年に出来たんですけど、大都市制度というものをなんとか国に認めて欲しいと言っていたものを封じ込められた中で中途半端な解決策として政令市というものが60年続いてしまった。で、おそらく地方分権の大きな流れと政令市が持ってる根本的な矛盾みたいなものが、今、こういう形で噴き出しているんだろうとは思いますね。しかし関西州実現に向けての道のりと、実現までの道のりと。この、先ほどの。これを大阪市がどうこうするという話ではない。

堀江キャスター
でも、一緒にじゃあやろうということで、例えば、その二条城宣言というものが一方できたりして…。

市長
これは、ですから、あの、今回、あの関西広域連合というものができましたよね、で関西広域連合ができて関西広域連合の中にまだ我々がオブザーバーとしてしか入っておりません。でこの間私市長なってから神戸・京都・大阪・堺4政令市が、やはりこの関西圏の核となるべきであると、こういう思いを持っているので4政令市長でいろいろと話合いを続けています。これは年明けにもまた既にスケジュール入れてるんですけども。

堀江キャスター
この関西州を、ざっくりとですけれども、こういうことにしていこうとあるとそっちの方が都構想よりメリットがあるというふうにお考え。

市長
はい。

堀江キャスター
で、じゃあいつごろまでにこれをやろうという計画なんでしょうか。

市長
はい、あ、それは都構想が5年でできるというふうに、橋下さんがおっしゃっているスケジュール感ですか。

堀江キャスター
そうそうそう。ええ。それよりもなんか、道のりとしてはいろいろ遠いのかなあと。

市長
いや、遠いっていうんじゃなくて、実質を先に出していくという部分で言うと、むしろ我々が水平連携をやれる部分の方が動きとしてはみえやすい動きにつながると思ってます。というのが、じゃあ今、大阪市民にね、大阪府が何を市民のためにやってくれていると思いますかって聞いたときに何が返ってくるでしょうね。例えば、じゃあ、神戸市民と兵庫県民ということをといいますとね、これは震災を機に県と市の連携関係がかなりあの震災復興をめぐってしっかりとしたものになってます。

以上です。

この文章を編集しながら、我ながら言葉が長いなぁと反省もしましたが、前回のブログでも書きましたように、このインタビューを巡っては、朝日放送側と市役所側との認識の違いがあり、事前に私が知らされていた内容ではなかったことから、ここでは取り上げませんでしたが「○○○○構想」というフリップへの書き込みに時間をかけざるをえなかった件も、あっさりと私が書きこんだようになっています。それもここへ書きこもうと思いましたが、余りにも長くなるので、省きました。

ご紹介した放送部分以降に「大阪都構想」に対して即断で「反大阪市分割構想」と書いたかのように紹介されている部分があり、それに対して堀江キャスター以外のスタジオは、当然「期待外れ」という反応になっていました。

いずれにしても、大阪都というものを「完成目前」という捉え方をされる「どく断度」ですから、何をいってもダメだったのだろうという印象さえ浮かびます。一方で私のメディアに対する思いというものを紹介し、それを受け止めなければという発言もされていましたし、また前回の後半に引用したように「卒業せよ!」というニュアンスを弱めようとされた堀江さんのコメントもあったのも事実です。とはいえ、具体像の見えない「大阪都」というものを完成目前という認識で捉えられるセンスが「どく断!」ならではということなのでしょうかというのが私の「ドクダン」です。

「NEWSゆう+」朝日放送12月15日放送の「どく断度」研究

市長になって3年という区切りで、例によって新聞・テレビ各社からインタビューを受けました。その際に準備の都合などもあり、事前に取材項目などをあらかじめ出して頂くようにしています。これはこちらがきちんと準備の上対応したいという思いと、「3周年インタビュー」でこの3年の成果やできなかったことなどを各社なりの視線で取り上げて頂こうという思いからです。

各社均等に時間割をし、大体20分程度で済んだのですが、これからご紹介する朝日放送の取材は、「3周年インタビュー」というこちらが受けた条件とかなり異なった展開となり、かつそれが「堀江のどく断」というコーナーで「アナウンサーを卒業せよ!」と題した刺激的な形で放送されたものでした。

今回、こうした内容をブログに上げるのに、市役所側の認識と、取材者側の認識にずれがあったことが分かり、役所の報道課と朝日放送の担当者との間で、事前、事後にやりとりがあったようです。曰く「取材内容の変更については事前に要請し了解を得ている」というABCに対し、「他社にも3周年のインタビューということで受けているのに、対維新の会という色合いが濃すぎる内容には応えられないと伝えた」というものです。

なぜ、「アナウンサーを卒業せよ!」という刺激的なタイトルをつけたかについては朝日放送の報道(あるいは堀江記者)の認識として、私の過去3年間の姿と取り組み方がそう映ったという判断なのでしょう。敢えてアップしたのはコメントの使われ方について、実際の放送内容と、取材時の私の受け答えを再現(つまり編集が入らない状態)することで、マスメディアの切り取り方を皆さんにみてもらいたいと思うからです。

40分のインタビュー全ての内容はまた後日ブログでお届けするつもりですが、余りにも長くなりますので、第1回として「アナウンサー」という文言に限って、構成します。私が聞かされていなかった「どく断」コーナーでの取材ということもまた知事が出演した12月1日の内容も見ていない状態でのやりとりがあり、取材の最後の段階で、あまりに3周年インタビューとは違う内容に私から苦言を呈した部分がこのタイトルになったのだと推察します。

放送の最後はこうでした。

ナレーション
40分を越えるインタビューの最後に、橋下知事を取り上げるメディアの姿勢に苦言を呈した。
~~市長応接~~

(橋下知事は)確かにメディア受けするし、ワンフレーズ、キャッチコピー作ること、うまいかたですが。あの、歴史的にそういう言動がもたらした過去の遺産、負の遺産っていうものが数多くある。メディアの食いつき方が間違ってるっていうのが、僕の今の感覚なんですよ。

~~市長応接室ドアの前~~

平松市長
私の場合はアナウンサーだった。それはご存知だと思いますが、その、タレントとは違う。で、無責任な発言をぼんぼんぼんぼんできるっていうタレントで許してしまってるのはメディアなんですよ。


ナレーション
アナウンサーだから無責任に話せない。平松市長はそう言って部屋をあとにした。

~~スタジオ~~

堀江キャスター 【テロップ「平松市長に求む!アナウンサーを卒業せよ」】
この、メディアの食いつき方が違うんじゃないかという平松市長の考え方というのは、私たちもちゃんと受け止めなければならない大切な言葉だとは思うんですね。で、一方でアナウンサーだから無責任な発言ができないっていうことなんですけれども、これは、アナウンサーという仕事をやった人間だったら、橋詰さんも小縣さんもわかると思うんですけれども、取材した人であったり、記者であったり、番組の考えであったり、みんなの意見を調整して自分の考えもまとめて、わかりやすい言葉で伝える。そこには局アナである以上、中立・公正というのが保たれる、こういうことですよね。

橋詰アナ
そうですね。やっぱり自分だけの考えでぽんぽん何でもしゃべってもいいっていう立場ではないですよね。


小縣アナ
ただ、今は「元アナウンサー」ですけども、今は市長ですから、その元アナウンサーにそこまで縛られる必要は今はないんじゃないかとは思うんですけどね。

堀江キャスター
まあ、私の感想なんですけれども、インタビューしていて、今、例えば関西州の話でも、各自治体の長であったり、あるいはその、各政党というようなところの考え方であったり、これを今、すごく調整している、みんなの考えを聞いている、そこに重きを置いてらっしゃるんじゃないのかな、そして理想を追求されてるんだなあというような感じがするんですね。

小縣アナ
まあ、等距離、調整も大事ですけども、その上になんかこう、自分の意見、イメージはどんと具体的に出してほしい感はありますね。

堀江キャスター
まあ、つまりその、独裁的にやっている橋下知事と正反対の位置にいるということを、自分はおっしゃりたいんだと思うんですけれども、ただ、小縣さんおっしゃるように、理想を追求するためにはちゃんとしたリーダーシップっていうのは当然ないと、飲み込まれてしまうんじゃないかという、そういう危惧を私どもは持っているわけなんですね。
で、市民はやはりメディアで培った発言力とか、発信力とか、そういうものを期待して市長に当選させたというような背景があるんじゃないかと思うんです。
だけれども、ちゃんと大阪のビジョンていうのを私たちに、それこそわかりやすい言葉で伝えていただきたい。
そこで、あえてもう一度「ドク断!」です。
 『アナウンサーを卒業せよ』
プロの市長としてのコメントというのを、私たちは期待したい。
実は3年前、市長候補時代の出陣式のときの模様を、あらためて見てみたんです。
日本のリーダーとして大阪の名前に、大阪の存在感を打ち出していきたい、そのために立候補しますという話だったんです。心意気、いいじゃないですか。

橋詰アナ
ちゃんと夢を語ってらっしゃったんですよね。

堀江キャスター
そうなんです。残りの在任中も、さらに夢を語りながら、具体的な方策というのを見せていただきたいというふうに感じます。
「ドク断!」でした。



という内容でした。
ところで実際のインタビュー内容は当然長いのですが、我慢して読んで下さい。以下のようになります。青字が放送された内容です。

市長
いえ、それが、ひとつの方向性だから。あの、今日の取材を受けて朝日放送さんが大阪をどうしたいと思ってらっしゃるのか。大阪市に本社がある朝日放送さんが、大阪市をどう思ってらっしゃるのか、大阪市民がどうあってほしいのかみたいな部分を、軸をお持ちなのかなという疑問は感じました。確かにメディア受けするし、ワンフレーズ、キャッチコピー作るかた、作ることうまいかたですが。あの、歴史的にそういう言動がもたらした過去の遺産、負の遺産っていうものが数多くあるっていうのをご存知のマスメディアが、こういうことをお続けになること自体に対して不思議だなあって思いながら答えさせていただきました。市民の皆さんどうお思いでしょうか。

堀江キャスター
難しいんですよ、伝え方はね。難しいからこそ、アナウンサーだった市長がですね。

市長
私、間違ったこと言ってませんよ。

堀江キャスター
いや、違うんです。だから、そういうものに対してどう対峙するのか。戦うというよりは、同じ土俵に乗らないにしても、しっかりと何かをPRして、それにメディアがワッと食いついていかないと、なかなか伝え方が難しいわけですね。

市長
いや、あの、メディアの食いつき方が間違ってるっていうのが、僕の今の感覚なんですよ。


堀江キャスター
いや、わかってますよ。だからこそ、だからこそ、その間違ったメディアを間違ってるというのではなくて、こっちに来いっていうのが、アナウンサーだった平松さんのお仕事ではないんですか。

市長
あのね。違うんです。違うんです。違うんです。それは違うと思います。僕はメディアの矜持ってどこにあるのやと。むしろ。むしろ私は伝える側にいましたから、自分の局なり番組を持ってる軸ってのはどこにあるというもので判断します。その、「わー行けー、みな行けー」いう部分を「ちょっと待て」っていう人がどこにおるいう部分で、いつも判断したいというのを、実は豊田商事事件のときに、現場にいた記者と当時の報道部長との間のやりとりを見ていて、自分自身の物事を伝えるっていう部分で、踊らされてはならない部分っていうのをしっかり教えてもらったという気がしますんで、皆さんが私を踊らせようとしているのか、皆さんが踊っているのかという部分がいつか分かるときが来るでしょう。はい。そう思います。

堀江キャスター
市民が判断するということですか。

市長
市民なり、いろんな方が、歴史が判断する。

堀江キャスター
長時間ありがとうございました。

市長
いえ。というか、事前にいただいていた内容と全く違う構成に、こういう構成であるということは聞いてました?

大阪市報道課長
いえ、聞いておりません。

市長
だから、それならそれで私としても、知事が見たビデオ、あの、知事が出たビデオを見ないといけないですし、見てなかったんで、どういうトーンで報道されたのか、放送されたのかって知らないまま、逆に目隠しでわたしはインタビューを受けたという印象が否めません。ですからこういう発言があった番組に対して、今度、市長が3年目という形でインタビューをしたいんですと、おっしゃっていただければ、我々としても素材は用意したでしょうし、この、今書いた「反大阪市分割構想」というような文言も、もっと考える時間があったと思います。だから、これはフェアーじゃないと思う。むしろやっぱり知事に寄っているという風に判断されても仕方がないんじゃないかな。で、放送局がその、今のままのスタンスでいいんですかっていうのは、僕は放送局の力知ってますからケンカしたくないんです、正直。あの、放送局に睨まれたくないし、ケンカしたくないけれども

堀江キャスター
あの、平松市長ね、あの、今回のことは別に橋下さんのインタビューに対してっていうことでは無くて、平松さんの今やりたいこと、考え方を引き出したいと。

市長
違います。いや、違います。いや、だから比較になるわけです。どっちにしても。

堀江キャスター
いま流れとしてはそうなってしまいますよね。はい。

市長
比較になる場合は、比較材料になる元、オリジナルを、こちらが知っているのか知らないのかというのは、非常に大きな要素。で、同時に二人が同じ場所で話をするんであれば、それはもう何のハードルも無いんですけれど、以前に、知事はうちの番組121日に出てこういうことおっしゃったという前提からこの

同席したA記者
それはご理解いただけないのはそういう発言があったというのは

市長
わかります。わかってます。

A記者
そういうことではないですので、あくまで平松市長のお考えをぜひ。やりたいことをお聞きしたいので聞いた

市長
いや。でも、話の7割くらいは知事の発言対私。あるいは大阪維新対私であって、私の3年何をやったかっていうものは、ほんのちょっとであったことは印象としてあるわけです。

A記者
あぁ。なるほど。あ、そういう印象ですね。

市長
だから地域懇談会にしろ、それから地域振興会にしろ、大阪市の不正であるとか不祥事だとか、といったもの私がどうやって取り組んできたか。この不祥事が散々たたかれてることを、私自身は「よっしゃ。よう出てきた。」思ってやってますから、今は。出てくるだけの大阪市は組織になってるし。大阪府には無い、公益通報制度、公正職務審査委員会の厳正なやり方というものがあるから出てきていると。これを広くほかの自治体の人たちが見て、大阪府内ほかの自治体にも全部同じような公正職務審査委員ができれば、もっともっと山ほどいろんなもん出てきます。


堀江キャスター
その出てくるのはしっかりやってるから出てくると。

市長
そうなんですよ。

堀江キャスター
ええ。

市長
それに対して、不祥事の再発防止っていう部分でも、今日本一番厳しい服務規律持ってますから。あの、悪いことした人間をどんどん全部追い出していく、いう形で今やってるんで。あの私の3年に対するインタビューっていうことでお受けしたんで、例えば、先日橋下知事に出てもらった。それを見て、見たうえで3年を振り返ってほしい、ということであればそれなりの準備をしただろうにと。これだけ、時間オーバーして次の社待ってますけども、これはやっぱり自分自身、取材を受けながら、もう内心煮えくり返る思いで、お答えさせていただいた。そういう部分をおわかりいただいているのかどうか。朝日放送って、もうちょっとしっかりした基準を持ってらっしゃったはずやという部分で言わせていただきました。

A記者
わかりました。ご意見はしっかり承っておきます。

市長
はい。お疲れ様でした。ほんまにね、メディア敵に回したくないんですよ、正直。メディアを味方にしたいけど、で、おっしゃるそのアナウンサーとしての表現力とか、発信力という。私の場合はアナウンサーだった。それはご存知だと思いますが、その、タレントとは違う。で、無責任な発言を、ぼんぼんぼんぼんできるっていうタレントで、その、何でもいいからやる、光市の事件だって同じやないですか。最高裁までいってどうなるんかわかりませんけども。ああいうことを弁護士が言うということ自体を許してしまってるのはメディアなんですよ。

A記者
あの、ご理解いただきたいのは、3年間の橋下さんとの関係の中で、今こういう大阪都という局面を迎えているというところで。

市長
全部をね、うちも録音してますから、起こしたら、どういう状況になってたかってのは皆さんもおわかりいただけるはずですよ。これは並んで話を受けているときから、ちゃんと感じてることですし、元メディア出身ですから、メディアっていうか放送局出身ですから、取材意図はどこにあるのかなとか、そういうのは、わかりながらお答えしているという部分を是非ご斟酌ください。

これで「アナウンサー論」ということの誘導加減が分かって頂けると思います。


一方、121日の知事インタビューのタイトルは細部は違うかも知れませんが「大阪都構想完成目前」というものでした。この取材を受けたあと録画をチェックして分かりました。確かに最後のスタジオ部分で、「卒業せよ!」といった強いニュアンスを弱めようとされているかの印象は受けますが、この部分以外のやりとりはとても3周年インタビューというものではなく、「対大阪都構想」もしくは「対大阪維新」というものだったと感じました。いずれ、別の部分のアップと全体もアップさせて貰い、マスメディアの編集方法というものを実感して貰おうと思います。

なお、このブログは字の色を変えるためと、近々公式ページの移設を考えてますので、bloggerに書き込みました。

2010年9月30日(木) 2ヶ月近くのごぶさたです


ツイッターこそ書き込んでいるものの、酷暑の夏が過ぎ、一気に秋の訪れが感じられるようになるまで、2ヶ月近くこのブログに向かえませんでした。今も、多くの懸案を抱えており、家に帰ってからもじっくりPCに向かいながら、自分の思いを記す時間的、気分的余裕もありませんでした。

8月に一度も更新をせず、9月が今日で終わるということで「9月は書いたよ」というアリバイ作りのブログになってしまいそうです。(あらかじめお詫びしておきます)フォト交差点も更新頻度が下がったことから、現在工事中となっており、公務での動きや写真については大阪市のホームページ「市長のうごき」に掲載されていますので、またそちらを覗いてくださいませ。

http://www.city.osaka.lg.jp/johokokaishitsu/page/0000047160.htmlがそのURLです。

7月22日に中国人の入国後すぐの大量生活保護申請についてのブログを書いて以来ですが、このときは厚生労働省が新たな判断をしてくれたことのご報告でした。その後、法務省、大阪入国管理局の方針待ちという状況が続き、9月21日に入管から「在留資格取り消しに向けた意見聴取」に乗り出すという報告を受けて、その意見聴取の結果を待っているところです。

生活保護行政特別調査プロジェクトチームのこの一年は、行政の縦割りを少しでも崩し、機動性を心がければ、日本一生活保護受給者が多いという行政体ならではの、制度の抜本的な見直しに向けての動きに繋がりつつあります。その過程で矛盾を感じながらも制度にのっとった作業をせざるを得ず、悔しさを噛みしめながら仕事を続けた職員や、漫然とその日を過ごし、自ら考えることをせず「こなし」てきた職員もいることが浮き彫りになってきました。

2年9カ月の市長経験の中で、大阪市の至らなさ、大都市であることに胡坐をかいて、直接行政としてきちんと市民と向かい合ってきたのかという点で、首をかしげたくなるような事例も数多くあります。その一つ一つをきちんと整理しなければという思いも日一日と強くなっています。


この間、知事との意見交換会や、一方的に代表(知事)だけの意見を報じるバラエティ番組に対する思いなどもあり、2本の番組にも出演して私の思いというものをお話しました。

一方で、大阪維新の会代表としての橋下知事の発言は、大阪都なのか、分市なのか、区の独立なのかまた、誰のために、何のためにか分からないブレ方にも思え、地方分権の本旨は何処へいったのかという思いがつのります。

また、マスメディアの一部で、軸が定まらない大阪維新の会代表の発言を単に報道するだけという姿勢が多く見えるのも残念でなりません。大阪市だけを標的にして府の財政破綻の現実から少しでも目をそらそうという作戦だとすると、折角「府市あわせ」と揶揄された状況から、府市協調を進めようという当初の歩み寄りが何だったのかという、まるで狐につままれたような感覚に陥ることもあります。

私は長い「府市あわせ」な関係を少しずつでも解きほぐしていけると思っていますし、そのことが本当の意味での関西復権に繋がるとも信じています。去年のこの時期には、多くの大阪市民から「二人で頑張ってや」という応援を頂いたのが、今年春の御堂筋オープンフェスタの時には「あんたら仲ようしいや」という声に変わり、最近、多くの区民祭りでは「負けたらあかんでぇ」という声が数多く聞かれるようになりました。

勿論、私にそういう声をかけてくれる市民は、知事の圧倒的な人気の高さに比べれば少数であるのかも知れません。でも、確実にその数は増えているとも感じています。そうした市民力こそが大阪を支えてきた底力であるし、民が主役という大阪ならではの歴史と伝統であると思います。

今後も様々な機会に変わりつつある大阪市の発信を心がけます。トップページにツイッターでの私のつぶやきを見ていただけるようになっていますが、私だけのつぶやきなので「意味不明」の部分もあるかと思いますが、@hiramatsu_osakaがアカウントですので、また覗いてみてください。

2010年7月22日(木) 中国人生活保護申請問題について


7月22日に開いた「生活保護行政調査プロジェクトチーム」(以下生保PT)で、6月末からこのブログでもその経緯を書かせて頂いていた、「中国人大量生活保護申請」について「既に支給しているものも含め、生活保護を留保する」という一定の方向性を示しました。

当初、新手の「貧困ビジネス」かと疑われる可能性もあったため、担当部局も全容を把握していない段階で「公表」することによって、次に続く恐れを絶ちたかったという気持ちでした。

その後、様々なメディアの報道などによって、この問題の複雑さについてはご理解頂いている方も多いようですが、「中国残留孤児の家族」と思っていたものが実は「中国残留邦人の姉妹の家族」であったことなど、混乱した部分もありました。

生保PTは生活保護制度の抜本改正を訴え続けている大阪市として、法の不備により悪質な貧困ビジネスを締め出すとともに、不正受給の実態調査や、不自然な診療費扶助の実態を浮き彫りにして、国にこの問題をきちんと理解し、一刻も早い改善に向けて動いて欲しいという思いから、去年9月に立ち上げたものです。

6月30日のこの欄にも書かせて頂いたように、このPTの取り組みは、大阪市に対する生活保護の濫給批判や審査が甘いといった、長年にわたって多くの人に刷り込まれた認識に対し、「制度の矛盾に対する具体的な提案」といわば「大阪市の名誉回復」に向けた一貫した動きです。全ての自治体の先頭に立って、この制度が今のままでは日本人の勤労意欲であるとか、納税意識という部分が溶解してしまうという危機感からです。

厚生労働省に対し、大阪市がどう対応すべきかという質問を出していましたが、21日にその回答が寄せられて、その内容から今回の申請については入管の調査結果が出て新たな方向性を決められるまで「保留」し、既に支給している人たちに対する8月分の保護費も「保留」するとしたものです。

そうした経緯は、厚労省からの回答と共に既に大阪市HPにもアップしています。

http://bit.ly/cAVaxq

今後は入国管理局の調査を待ちますが、定例会見でも触れさせてもらったように、この問題に対し生活保護制度ではなく、国としてのきちんとした見解や方針を早く示していただきたいと思います。

2010年7月 2日(金) 入国管理局との話し合いに関して


「6月30日付のブログで「緊急発信…中国からの大量生活保護申請に関して」と書かせて頂いた、中国残留孤児で大阪にお住まいのお二人の親族として、多くの方たちが来日以降日にちを置かずに生活保護申請をされた件についての続報です。

大阪市は現在、生活保護行政特別調査プロジェクトチーム(PT)を作り、「貧困ビジネス」などの摘発に繋がる情報を現場から集め、警察など関係各所の協力を得ながら、この制度が持つ様々な問題点を国に訴え続けている折から、今後大きな課題となるのではと感じ、入管の審査に疑問を呈したものです。

健康福祉局では6月24日に入国管理局に対し問い合わせを行いましたが、PTが開かれた29日の時点では回答が届いておらず、集団申請が続いていることに現場から対応に苦慮しているという話を聞き、この事態を緊急発表させて頂きました。

その後、当市職員と入管の担当者との電話で「認定は日本国籍を持つ人の親族という身分に基づくもの」で「許可の取り消しはしない」という入国管理局の見解を受け、1日の記者会見で、法的に基準に合致しているのかなどの疑問を呈しました。

入国審査の際に、「入国を認めない」とする基準であるはずの「生活上国又は地方公共団体の負担となるおそれのあるもの」という基準に合わないのではないかというものです。そして、厚生労働省に報告し、法務省と今回の件について話しあって一定の方向性を出して欲しいと依頼していました。

2日午後、大阪入国管理局の方お二人が大阪市役所に来られ、健康福祉局理事、部長ら5人がお話を聞きました。そして、入管側の対応は既に朝刊各紙などで伝えられていると思いますが、「法務省と協議のうえ、今回の中国国籍の方の集団申請事案に関係する方々の在留資格の調査を改めて行う」という説明でした。

2日の夕方に市政記者クラブでこのことを報告し、「大阪市としては、大阪入国管理局の調査の結果も踏まえ、生活保護の適用についての判断を行いたいと考えています。」と発表したものです。生活保護手続きの関係などからできるだけ早く調査結果の連絡を頂きたいとお願いしました。

私は30日のブログの最後に「単に中国が悪いとか、排他的な動きに繋がることのないよう、是非冷静にこの制度の矛盾や、抜本改正がなされないまま、未だに続いていることも知って頂きたい」と書きました。

残留孤児と認定され、日本国籍を持って生活されている姉妹の親族を認定するに当たっては、当然、入管と中国側での情報交換はなされているでしょうが、そうした親族の滞在が「即生活保護申請」に繋がることに疑問を持ちます。やはりこうした残留孤児の中国籍の親族の方が「身分による入国」を認められた場合には、日本で生活していけるよう支援する仕組みがあるべきだと考えます。

生活保護法自体が憲法25条に依拠する法律であり、その事務を国から自治体が受託して実施します。全てが法的要件を満たしていても、保護決定をするまでには稼働世代に対しては「就労意欲」、「就労支援」など様々な方向性を模索し、自立につながる動きにならなければなりません。

しかし、受給者の多くが高齢化していることや、雇用状況の悪化、窓口の人材不足、他府県の都市から「大阪」へ対象者が送りこまれている事実などに加え、大阪市が全国に呼び掛けて「貧困ビジネス」なるものの実体解明や、不明瞭な医療費の現状に警鐘を鳴らし続けています。

国に対しては、全国知事会、全国市長会の連名で「新たなセーフティネットの提案」を平成18年の秋に出しており、その内容は、今、大阪市が訴えている制度の抜本改革に繋げなければ大変なことになるという方向性と一致しています。私が就任以降、何度も国に対して要望をしていますし、来年度予算要望でも最重点のトップに挙げています。

このリンクに「新たなセーフティネットの提案」の全文と概要版があります。お時間がありましたら、是非ご覧いただきたいと思います。

http://www.mayors.or.jp/rokudantai/teigen/181025safetynet/index.htm

2010年6月30日(水) 緊急発信…中国からの大量生活保護申請に関して


ツイッターで情報発信した内容をここにまとめます。

多くのメディアで既に情報が出ていると思いますが、中国から大量の入国者があり、入国管理事務所で「適正」と判断され、入国して数日後に大量に生活保護申請を受け、入国の条件や、役所の窓口では外国人から生活保護申請を受けた場合の対応として、昭和29年に出され、昭和57年に改正されたものの、「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」に依拠しなければなりません。

その基準に合致している場合、調査期間を置くものの、大阪市では弁護士の意見を聞いたり、法に照らしたりしながら検討を加えた結果、入管で通ってしまったものについては、要件が整っていれば、受理せざるを得ない現実があります。

大阪市に対して「濫給が続いている」とか「審査が甘い」といった、多くの人に「刷り込まれた」対応ではないことを、この間、全ての基礎自治体の先頭に立って、生活保護行政の矛盾に取り組んできた大阪市のプロジェクトチーム体制が、私に的確な判断をさせてくれたという思いです。

ツイッターに我々の今日の対応を記しました。140字という制限があるツイッターでは何回かに分けてつぶやかざるを得ず、ここに今日私がつぶやいたことをまとめて記すことで、国や、関係機関の適正な対応を期待するとともに、全ての自治体が国民から預かった税金を「本当に困っている人を救い」、「悪質な業者を排除する」ことに一致団結して当たることが必要であり、大阪市はその先頭に立つ決意であることを皆さんに知って頂きたい思いです。

では、本日のツイートからそのまま貼り付けます。
中国からの大量入国、生活保護申請について1 在留資格の認定で「出入国管理及び難民認定法」での要件。「生活上国又は地方公共団体の負担となるおそれのあるものは上陸を拒否する」となっているにも関わらず、大量の外国人登録を認め、わずか3日後に生活保護申請しています(続く)

(1の続き) なぜ入管が上陸を拒否しなかったのか、審査の内容等、担当部署から国に確認させています。私自身が直接国へ赴くことも辞さないつもりです。
中国からの2 一方で、形式的には生活保護申請の要件を満たしていたことから、一部区役所で認定をせざるを得なかったものの、不自然な申請が相次いだことから担当局に報告、局から国へ事実関係の確認を申し入れ、対応を協議してきました。(続く)

(2の続き) 今日、改めて私から、「法務省から責任ある回答が出るまでは、同様の生活保護の申請は受付を保留する」よう全区役所等に指示しました。また、厚生労働者にも今回の事例を報告しており、今後、大阪市として毅然とした対応をしていきます。同時に全国へも情報発信しています。
生活保護制度の矛盾について、この間国に対し積極的に抜本改革をお願いし、基礎自治体としてできることをPTで他の自治体を巻き込みながら進めてきました。理不尽な税金の使い方を許してしまう制度、申請様式さえ整っていれば認めざるを得ない現場の無念さもあるんです。

しかし、今回の件は余りにも異常。本日のPTの最後にある区長からこの実態を知らされ、直ぐに対応しないと全国で同じことが行われる恐れもあると判断し、情報の全てを私が把握していない段階でもプレスに公表し、国、入管の対応に警鐘を鳴らしたかったのです。大阪市全区で本件類似は受付保留です。

以上が私がつぶやいた内容です。

全容をきちんと解明し、国や関係機関の対応を待っていては、さらに事態が混乱するという思いから、一歩も二歩も踏み込んだ決断をしました。是非、このブログをご覧になった方は、お知り合いのインターネットに繋がっている人たちに知らせて頂きたいと思います。この国がまさに根元から崩れようと、崩されようとしている。しかし、単に中国が悪いとか、排他的な動きに繋がることのないよう、是非冷静にこの制度の矛盾や、抜本改正がなされないまま、未だに続いていることも知って頂きたいし、現場対応をしているケースワーカーの全ての苦労を役所全体でバックアップする決意です。

2010年6月27日(日) 事務所移転やパーティのこと


前回のブログの最後に「次回は大阪市と大阪府が決定的に「府市あわせ」になった時代、(中略)不毛な論争を避ける方法を探りたいです」と予告しましたが、少し時間を頂いて、アップさせて下さい。

当選してすぐに平野町に個人事務所を構えていましたが、このブログでも書かせて頂いたように、選挙当初から手伝ってくれていた故高本所長の不在を受けて6月24日に事務所を移転しました。
〒530-0047 大阪市北区西天満2丁目3番1号 いづみビル4Fが「翔の会」の事務所になりました。(現在は公共政策ラボ:(株)ウイズとして活動しています。連絡先が変わっています)

TEL:06-6948-5920 FAX:06-6948-5921 Tel:06-6809-3761 Fax:06-6809-3762

また、6月21日に大阪の中堅、中小企業を中心に応援頂いている「平松邦夫後援会」が役員会総会を兼ねて、2回目のパーティを開いて下さり、600人を超える方々にお集まりいただきました。第1部の講演会では京阪電鉄の佐藤茂雄CEOがユーモアを交えながら、「大阪」について熱い思いを語って下さいました。

そして、第2部のパーティでは「元気な大阪市民ネットワーク」(元気ネット大阪)で副会長も引き受けて下さっている、30年来の友人の鳳蘭さんが東京から駆けつけて下さいました。HPのトップページ「フォト交差点」にもその時の写真がアップされています。(1枚目の2ショットです)

以前から、パーティの際には「予定が合えば行くよ」と気軽に応えて下さっていたのが実現したものです。今回は役員会の総会を兼ねたことや、会場の広さなどで600人が限度ということでしたが、パーティ券の販売について苦労して下さったスタッフに聞くと、「鳳蘭さん」の特別参加ということが決まってからは、ツレ様ファンの方にもお買い上げ頂いたようでした。

その席上で10分のスピーチをする予定が、20分ほど喋ってしまいました。2年半の市長経験で、街頭犯罪、ゴミ減量、違法駐輪対策など確実に大阪市が変わりつつあること、一方で変わり方の発信が弱く、苦労していることなども話しましたが、やはり、府と市が協力して、できることからきちんと話し合いながら府市連携を進めたいという思いを語ると、どんどん予定時間がオーバーしてしまったようです。

7月1日に発行される市政だよりの真ん中のページに、22年度で一区切りつくこの5年間の「市政改革」の成果を特集しますが、是非市民の皆様に読んで頂き、この間の取り組みを知って頂きたい思いです。

また、これで改革は終わりではなく、新たなステージに向けて秋には大きな方向性を示すべく準備をしています。但し、今までの大阪市は全ての方針がある程度固まらないと発表しなかった嫌いがありますので、現場には大枠の方向性が決まったものは分かりやすい形で市民の皆様に伝える工夫をしようと指示しています。

大阪市という歴史も、文化も、人間力もある町が率先して「地域主権」のモデル都市となるべく努力するという気持ちには変わりありません。