大阪民主新報2月28日分 「大阪の教育現場の実態は」

2月28日号に掲載された私の寄稿です。
題して「大阪の教育現場の実態は」。JPGで画像を見て頂いていますが、スマホなどでは読みにくいというご指摘もあり、このページにも載録しています。






大阪ウォッチング④

大阪の教育現場の実態は

大阪維新の会が去年5月の住民投票や11月のダブル選挙期間中に「維新の力で大阪の教育は良くなった」という宣伝を繰り広げました。私は一貫して反維新(反新自由主義)です。余りにも嘘の多い常識はずれの戦術を駆使するやり方に、「信用できない」という「皮膚感覚」を持っています。

維新の宣伝はこうでした。
「私たちの施策で教育予算をこれだけ増やした」「今までできなかったことに手を付けた」。そんな類のものです。予算の実現した部分だけを取り出し、ことさら「手柄」であると訴える手法でした。しかも「お金を使った」という数字を詳しく比べると、むしろ総額では教育予算は減っていたという笑えない話が現実です。

金額面以上に私が心配しているのは、大阪府と大阪市で可決された教育行政基本条例などの底に流れる力の思想です。公権力や行政府の長による教育現場介入は、何があっても避けなければなりません。

しかし残念ですが、「改革」の名の下、強権的な手法で教育現場に切り込む姿に「拍手喝采」を送ったり、すぐに成果を出すのが当たり前だという風潮に流されたりしている人も多いようです。

『普通に』ものごとを考えてみませんか。教育にとって教師の存在は大事です(当たり前)。教育とビジネスは違いますが、経営者にとって「良い人材」を集めたいと思うのも当たり前です。教育だって同じでしょう。

大阪の教育現場では、前回も書いたように「大阪パッシング」(大阪素通り)が既に起きています。大阪で教育者になりたいと思う優秀な教員志望の学生には「大阪は薦めない」という雑誌の特集があったのがもう2年以上前でした。それが改善された兆しはなく、むしろ状況の悪化が心配されます。大阪は『普通に』先生を目指す人たちにとっては魅力がないどころか、避けて通るところになってしまったのが現実です。

公募校長制度がもたらした弊害も計り知れないほど大きなものがあります。歯を食いしばって残っている優秀な教師も多くいると聞きますが、その人たちの負担が更に増えるという悪循環も容易に想像できる、いや既にそうなっているという悲鳴も聞こえます。

そんな中、大阪ならではの意地を見せてくれている学校に出会いました。関西テレビ制作の「みんなの学校」で取り上げられた大空小学校です。本来公教育に必要なものは何か。多くのことを訴えてくれます。

写真は大阪スポットの通天閣(大阪市浪速区恵美須東)
浪速区といえば通天閣。周りに高いビルが建って、寂しい…どころか、間違いなく大阪のシンボルタワーの一つ。子どもの頃、父親に連れて行ってもらった近くのジャンジャン横丁。串カツ屋は観光客であふれています。
以上

大阪民主新報2月14日分「公教育が目指すべきもの」

大阪民主新報2月14日分「公教育が目指すべきもの」 隔週連載の3回目です。










「公教育が目指すべきもの」

2008年橋下知事誕生以降、教育を巡る様々な話題が発信されました。国歌斉唱口パク教師チェック、公募校長の相次ぐ不祥事、桜ノ宮高校の体罰自殺を巡る入試中止発言、その流れは「教育行政基本条例」として議会を通り教育施策が進められています。

教育といえば、「ナカノシマ大学」のキックオフイベントで鷲田清一、内田樹、釈徹宗各氏と中央公会堂でシンポジウムを開催、140B社から「おせっかい教育論」として出版したのが2010年10月。大阪という「街場」と「大阪人」が織りなす様々な機微を各氏が披露。後日、語りつくせぬ思いを改めて話し合って一冊の本になったものです。市長をしていた私にとって「公教育」の目指すべき方向性を示してくれたと感じていました。

それがきっかけとなって神戸女学院大学の内田樹教授(当時)に大阪市の特別顧問をお願いしたくだりは本の巻末に書いています。内田先生は就任記者会見で「学校教育に政治と市場原理が介入すべきではない」といわれたのを記憶しています。

教育が目指すべきものは善良な市民を連綿と生み出していくためのものである。確か内田先生が言われたと思いますが、多様性を認め合いながらお互いを思いやる気持ちを長い月日をかけて涵養していくことが目指すべき姿。このスタンスが大好きです。

2014年の9月には同じメンバーで「街場の学びが目指すもの」(インターネットのユーチューブに動画有)というシンポジウムを開催し、大阪市教育委員長をされていた長谷川惠一さんにも生々しい話を聞けました。

色々な立場の方の「総意」を求めるのはとても難しいことだと思います。この間大阪では行政トップの派手な言動や、働く人たちに対する恫喝ともとれる強制力の行使、学力テスト問題など枚挙にいとまがないほど「介入」が進んでいます。

その結果として現場がどうなっているのか。住民投票が終わった後、京都大学大学院の藤井聡教授が「豊かな大阪をつくる」というテーマで連続6回のシンポジウムを開催。一回目、大阪大学小野田正利教授の「7年余の破壊から立ち上がる人々を支えたい~『大阪の教育の明日を考える会』の代表として」というお話はマスメディアが表層的に伝えるものとはかけ離れた「教師の逃散」「なり手不足」「教育大学の大阪パッシング」という恐ろしい現実を浮き彫りにしました。次回に具体的な内容に触れます。
(大阪民主新報2月14日号)

6月4日に開催された「豊かな大阪をつくる」シンポジウムでの小野田教授の資料です。
なお、シンポジウム全体のホームページはこちらです。

民主新報1月24日分「大阪ダブル選を振り返る」

第2回は1月24日号でした。
タイトルは「大阪ダブル選を振り返る」です。


「大阪ダブル選を振り返る」

去年のダブル選挙で「維新政治よさようなら」という運動を展開した私には、その結果に大いなる失望を感じつつ、なかなか立ち直れない気分でいました。選挙に関わった方たちにはそれぞれの感慨があるでしょう。私の「失意」は「幅広い戦線で戦えない選挙戦」の実状からくるものだとずっと思っていたし、近い人たちには思いを選挙戦序盤から漏らしていました。

実際に選挙戦に入ってそのことを口にすることは、自ら支持した陣営のマイナスになると封印し、結果が出た後も控えていました。
私は自らの経験から、首長というのは一党一派に属さず、多様な意見を集約し多くの方に納得してもらう施策を職員と共に、市民、府民を交えた議論で進むべだと思っています。

柳本、栗原両候補の人となりについては、選挙期間前から府民、市民のために働ける人だという信念で心から応援していました。しかし、残念ながら自民党府連の「自分たち(自民党)だけで勝てる」としか言いようのない戦術で、5月の住民投票で見られた大きな広がりを自ら閉ざしてしまったやり方に大きな不満と不安を抱えた選挙戦でもありました。

自民党と共産党が手を組むなんてありえない…そういう批判を連日繰り広げた維新陣営の「野合批判」に、同調するかのような府連会長の発言に、自民党支持者以外の人たちの選択肢をどう考えているのかと大きな疑問を持ちました。

住民投票は「大阪市をなくすな」という、政党とは関係のない次元の話でもあり、特別区設置協定書のいい加減さをある程度理解した人たちや、「何も急がなくてもいいのでは」という消極的反対票を入れた人たちの広がりの結果でした。

「都構想」なのか「副首都構想」かはっきりとはしませんが、政令指定都市という地方自治制度の中途半端さを突かれ、住民投票後に府県集権主義とでもいえる自治とは正反対の意見に肩入れするテレビコメンテーターの発言ばかりが流布した影響もあるでしょう。

一方反対票運動を展開した陣営では「大阪市が残った」ということに安堵しきって、「大阪市廃止・分割」が可決されていれば酷い状況になったという具体的検証が展開できずにいたのではないかという反省もあります。

10年先、20年先の大阪の姿を地方自治の代表選手として描ききることができれば、目先の「資産を売り飛ばそう」という陣営に抗することができたのではないかとも思いますし、そういう意味で今後の議会の進み方を見たいと思っています。

大阪民主新報の記事に関して

いつも書き出しがお久しぶり…すみません。
最近は私のホームページ(HP) https://khiramatsu.com/ やフェイスブックが主な投稿先でした。

そこに今年の1月10日から大阪民主新報に隔週で寄稿している内容をアップしたのですが、紙面をスキャンしてJPGファイルを添付したところ、文字が小さくて読めないという方の反応があり、HPにはテキストを貼り付けました。

その紹介を「スマホなどで読めるように」と紹介したところ、HPがスマホ対応になっていないので読めないというご指摘を頂き、こちらに貼り付けることにしました。

まず、1月10日分です。


平松邦夫のおおさかウォッチング新連載「大阪の本当の良さを」

 皆さま、明けましておめでとうございます。平松邦夫です。今回からこのコラムを書かせていただくことになりました。

 2007年の大阪市長選挙に挑戦し、戦後初の民間出身市長として当選させて頂いたものの11年の再選を目指した選挙で橋下徹氏に敗れ、4年余りの月日が経ちました。この間の大阪の状況から見える世の中の動きに対する思いを、私が代表として立ち上げた「公共政策ラボ」。様々なシンポジウムやセミナーを開催しながら訴えてきました。

 しかし、昨年11月の大阪ダブル選挙では大阪維新の会の松井知事の再選・吉村新市長の誕生を見ました。5月17日に行われた大阪市の廃止分割を判断する住民投票から半年と少し。あの1万741票差でのいわゆる「都構想」否決から少ししか時間が経っていないにもかかわらず、ダブル選挙では余りにも「維新」の強さが際立った形になってしまいました。私の訴えが力及ばなかったことへの悔しい思いと共に、大好きな大阪の今後を見守る上でも何らかの発信をしなければと思っていたところ、コラムのお話を頂きお受けした次第です。

 ダブル選挙結果を受けて、一旦は消すことができた政令指定都市大阪市の「廃止」に向けた動きが、姿を変えてまたぞろ復活することも予想される流れになっています。

 私は第18代大阪市長として、財政難の中でも知恵を絞りながら大阪市民や、大阪で仕事をする人たちにとって、快適で安全な都市環境の達成と発展を目指す動きこそが行政の目指すべき姿だと思っていました。市民の方々の中を走り回ることで、大都市の抱えている行政課題を協働して解決していく道を探ることに、市長としての醍醐味も感じました。

 市民の思い全てに応えることはできないことは重々承知の上、多くの方たちに現状を知ってもらい、ある程度納得していただける施策に落とし込んでいくという時間のかかる作業こそが、民主主義を守り育てるという思いでおりました。

 地方自治のみならず、日本の現状を見るにつけ、「ポピュリズム」といわれるテレビなどマスメディアを抱き込んだ「世論」形成がもたらすものが、本当に市民、国民のいのち、暮らしを守ることに繋がるのかどうか。進取の気風溢れる大阪ならではの過去の取り組みの数々は、時代背景こそ違えど私たち大阪人の底に流れるものであると信じていますし、そんな大阪の本当の良さを多くの方に認識してもらいたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

お久しぶりです。

オフィシャルホームページへの投稿はこの間続けていましたが、こちらのブログに関してはご無沙汰でした。

住民投票へ反対票をという動きに全力を尽くしておりましたので、なかなか更新できませんでした。
このブログを今後どう展開するかなどオフィシャルページとの関連性も含め、考えさせて頂きます。

過去の記事でオフィシャルページやFB、TWなどでももう一度見て頂きたいと思うものについては、再出庫することもあると思います。

どうぞよろしくお願いします。

住民投票は「大阪市廃市」「5区分割」案の是非を問うもの

「5月17日に全てが決まる。」

大阪市の未来がかかった住民投票であることには違いありません。
しかし、この投票結果がどうあれ、絶対に「都」にはなりません。

いわゆる「都構想」と呼ばれるものの根拠法は、正式には「大都市地域における特別区の設置に関する法律」ですが、これのどこを探しても「都」なる文言は出てきません。

大阪市の「廃市」「5区分割案」の協定書に対する住民投票は「都」になる投票ではありません。

にもかかわらず、昨日の産経新聞書き出しは「大阪都構想の賛否を問う住民投票」。昨日の日経は「橋下徹大阪市長らが掲げる「大阪都構想」の賛否を決める住民投票」。今日の毎日新聞の地方版見出し「大阪都構想:賛否で街頭活動 維新と自民、隔たり大」

各報道機関にお願いです。「大阪都構想の是非を問う住民投票」という言い方は事実を歪曲するものです。今回の住民投票はあくまでも「大阪市廃市」「5区分割」に賛成か反対かを問うものです。

いわゆる都構想に反対する人間が「デマ」を流していると否定する人もいるでしょうが、上記のように
・「都」なんかになるはずはない。
・「大阪都」という名乗りすらできない。
・いくら住民投票で賛成多数という結果になっても、「都」となるわけではない。
・どこまでいっても現在の法律では「都まがい」以下のもの。
・大阪都○○区という呼称すら名乗れない…というのが真実です。

自民市民(自民党市会議員団の広報紙)から

おはようございます。「都構想」なるものの欠点については色々なところで既に具体的に検証されています。市会議員団として連続してアピールを続けているのが自民党市会議員団。ホームページには広報紙第9号から昨年暮れの15号までが並んでいます。http://jimin-osaka.com/jo/?page_id=1805

広報紙の内容についてはきちんと検証されているはず。HP上では2012年からのその時々のテーマについて大阪市を廃止することの危険性を指摘し続けているが、こうした情報に触れる人が少ないのだろうか。印刷物としても新聞折り込みなどで手元に届くような努力がなされているでしょう。

政令市大阪市を廃止し「新大阪府」となった場合の問題点を、4月統一選、そのあとの住民投票までに、具体的に多くの人たちに知ってもらわなければと思います。

「わからないけど、今より改革されるんだろう」という思い込みを持たれている方も依然多数おられるのではという危機感に駆られています。

これが大阪市解体協定書。リンクだけですが。

おはようございます。
12月30日に開かれた特別区設置協議会に提出された協定書案。報じられているように住民投票を実施するために大幅な訂正や議論をしている時間がないので、府市両議会で一旦否決されたものを、表紙に「案」とつけた変更だけです。

そして、13日開催予定の協議会でこの「案」が取れ、府市両議会で否決されたものと全く同じ「協定書」ができあがります。http://mainichi.jp/select/news/20141231k0000m010061000c.html … 
によれば「協定書を両議会で可決すれば、結果は速やかに法定協に通知され、60日以内に住民投票が行われます」

法定協議会は去年の1月31日開催の第13回で決裂。大阪市分割4案の中から一つに絞りたい、設計図を作らせてほしいという理由で市長出直し選挙になり、それ以降14回から19回の協議会は維新単独で開催されたのでしたよね。その議論の集大成が協定書になるわけです。

つまり、具体的に大阪市を5つに割り、それぞれが中核市並みかそれ以上の権限を持つと標榜する案を単独会派だけで議論した中身を議会が認めるわけはありません。勿論、維新が単独過半数を握る状況になれば、やすやすと進めるでしょうが。

その協定書(「案」)はこちらのリンク先にアップされています。http://www.pref.osaka.lg.jp/daitoshiseido/hoteikyo/20hoteikyo.html … 全672ページの膨大なものですが、基本的なことは前半20ページくらいまでで残りは別表。細かくチェックするとどれくらいの日にちがかかるのでしょうか。

基本的な考え方などについて、目立つ部分などは後日、具体的に上げていきたいと思います。どうぞよろしく。

年頭にあたり、今年の前半はこれでいきまっさ。

どうやら年末の騒動で、「住民投票」が実施される運びになりそうですね。大阪市を「潰したい」一心の大阪維新の会の皆さんに対して、「大阪市を潰させない」ために力を合わせましょう。今朝の連続ツイートから転載します。

「改革改革ってゆうたはるんやから、いっぺんやらしてみたら…。」そんな軽い気持ちで「維新の会」に投票した大阪市民の皆さん、大阪市が潰されると、「いっぺんやらしてみたら」ではすまん。二度と戻らへんのですよ。

戻らんでもえぇ。大阪府を助けるために大阪市が財産投げ捨てるんや。そう覚悟を決められた大阪市民が圧倒的多数なら、大阪市は壊されます。代わってできるのが政令市としての権限や、また財源も吸い上げられる5つの特別区。おかしいと思われませんか。

今年は、統一地方選、住民投票という流れができたので、いよいよ民主主義の醍醐味を味わってもらいましょうかね。大阪市内の衆院選投票率は47.78%という数字。前回より10ポイント下回っています。これで331,343をとった維新の得票率は32.37%。

比例得票数維新が331,343票、次世代の党が19,444票。あと幸福実現党が3,756。合計354,543。この3党の得票率が34.64%。投票率47.78%という数字を思い出してもらうと総有権者数は2,142,102人なので、対有権者得票率は16.55%でしかない。

この3年間維新が府市第1党になって、3月には6億以上かけて出直し選挙をし、他党を締め出し無理やりつくった設計図は一旦完全に否決され、本来は「藻屑」になったはずなのに、「ゾンビ」として復活したらしい。強権的なやり方に辟易としていた皆さん。いよいよ出番ですよという意味での数字紹介。

今年は黙ってばかりいるわけにはいかない…。そんな思いの新年連ツイでした。皆さん、「都妄想」という言葉は私の在任中の記者会見の際に発した言葉。その通りであることを今後具体的に指摘していければと思います。

都構想 統一選に望みって…

今朝の毎日新聞に大阪の維新の会の集票結果についての分析事。 http://mainichi.jp/select/news/20141220k0000m010150000c.html またまた、いわゆる「大阪都構想」に引っかけての分析らしい。マスメディアはどうして議会制民主主義の根本を無視するような動きを大きく伝えるのか。結局は議会を無視してきたツケなのに。

維新の会の顧問、だったか府市の特別顧問だったか、どっちでもあるのか分からない、上山信一氏がJRの雑誌「ウエッジ」4月号に「都構想の本質は大阪市議会の解体」だというコメントを寄せたことは以前にもふれた記憶がある。

市議会の体質が既得権益にしがみついており、都になると全員失職する…という理由から何でも反対する。だから都構想が進まない…てなことをのたまわっています。

あのね、本来の都構想というのは大阪市だけを解体するものではなくて、大阪市、堺市の政令市を中心として周辺市の再編も含めたそれこそ、大大阪構想だったはず。それに関しては広げた風呂敷が大きすぎて、実現なんて何十年というスパン以上のチャレンジが必要なのに、そんなに悠長に構えてられない。なぜなら、維新の会の方たちは、その実は別として形として目に見える成果のようなものが出る「スピード感」を第一に考えているから。

市民、府民、国民の暮らしよりも「スピード感」が大事であって、行政に求められる地道な努力や意見対立の調整役を買って出る気なんてさらさらない。自分たちこそが正しくて議会で反対する人たちは「抵抗勢力」である。だから議会を無視しても当然である。そんな理屈が通りますか?

もう一度民主主義、日本の議会制民主主義を一から勉強しなおして来い。そう言いたくなりますね。例え時間がかかっても、まどろっこしくても多くの意見の違いを乗り越えて、自治体には自治体の方向性が、国には国の方向性があることを時間をかけて探りだすのが本来の民主主義だと信じています。

維新の会のツートップが誕生してもう3年以上経ちますが、この間、府民、市民にとって「維新ツートップ」で何が変わりましたか。多様な府民、市民のための丁寧な説明がされた記憶がありますか。折角、過半数をとっていた府議会、今でも第一党の市議会で、本来の民主主義を信じている人たちならば、もっと懇切丁寧な説明があって当然ではないですか。従わないものは「敵」だと切り捨てる方向の軋轢しか生まない姿勢に終始していたのではないですか。


まだまだ書きたいことは山ほどありますが、今朝の朝刊から触発されて書きました。具体的な点についてはまた書きたいと思います。

「街場の学びが目指すもの」に多くのご来場ありがとうございました。

9月11日の午後6時半から天六の大阪市立住まい情報センターホールで開催したシンポジウム「街場の学びが目指すもの」に本当に多くの皆様に来ていただき、あっという間に2時間の予定時間が過ぎてしまいました。

パネリストの内田樹、釈徹宗、鷲田清一、長谷川惠一各氏のご協力に感謝すると共に、ご来場いただいた皆様に心からの感謝を申し上げます。

5年前の10月1日にナカノシマ大学のキックオフイベントとして中央公会堂で開催した「街場の教育論」ですが、翌年に「おせっかい教育論」として140Bから出版され、その当時の「教育」をめぐる「大阪的な」アプローチをしました。

その時点で感じていた教育行政に対する危機感は、残念ながら5年経った今、より大きな危機感を感じる状況になりつつあるというアプローチから今回のシンポジウムは始まりました。

前大阪市教育委員長だったエール学園理事長の長谷川さんの経験からにじみ出る現状のお話に会場は静まり返る瞬間もありましたが、後半は内田さんの「凱風館」、鷲田さんの「名前のない学校」、釈さんの「練心庵」というそれぞれ独自の街場の学びの実践に多くの方が「いまできることは何か」を模索する熱気を感じました。

長谷川さんのアジアからの留学生の地域活動との接点が生むもの、それが日本とアジアの、特に大阪とアジアの相互理解、非常に大阪的な親しみやすさが留学生の「大阪好きやねん」に繋がるというお話には「大阪」という土地が持つ力としなやかさを感じさせてもらいました。

今後も公共政策ラボの活動として「教育」や「福祉」、その他公共がなすべき役割に関したシンポジウムを企画して参りたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。



動画「街場の学びが目指すもの」

テレビ番組から感じたこと

「トンデモ議会」といわれる大阪府議会関連ですが、8月28日の「ちちんぷいぷい」での取り上げ方に関して、ある方のユーチューブに上げられた当該コーナーを視聴した印象をSNSにアップしました。じっくりと見ようと思ったら、既にその映像は削除されており、見られなかったことを呟いたら、早速ビデオを持っている人から連絡があり、送信してもらって確認しました。

きっかけになったツイートは9月3日の午前に呟いたこれです。

「先日「ぷいぷい」での府議会本会議を巡る話題。司会のヤマヒロさんが「できレース」的な発言をし女性タレントも「維新がかわいそう」的な発言。その後名越康文さんが議会制民主主義の基本を忘れた行いであると激怒。スタジオの空気がガラッと変わったと聞き、ネットで探すも消去されていた。」

最初の部分だけをチラッと見て書いた内容ですから、最後にリンクを貼っているコーナー文字起こしと比べると少しバイアスがかかっていたかも知れないという反省も込めて、ツイッター、フェイスブックにアップした内容を編集しながら書いてみます。


総体的に私もテレビ番組を司会した経験から、単に最初の府議会でのやりとりを見せられたら、ヤマヒロさんと同じ反応をしたかも知れないとまず感じました。権力者の行いについて厳しく、常識の範囲を超えているものにはナナメに斬りつけるというやり方ですね。


そして、バラエティ番組のつくり方というのはまず「インパクト重視」で、今回のように府議会での子どもにも見せられないような「とんでも運営」を見た時には、「府民の代表たる議員がなにやっとんねん」「笑い顔で椅子取りやってる場合か」という「目に飛び込んだ現象」から、「なれ合い的な」というニュアンスで批判したかも知れないと正直に思います。

しかし、スタジオの空気は名越康文さんの
「維新は選挙が全てというけれど、選挙で選ばれた議会がこんなんでいいのかというのは子どもだって分かる」という発言から変わり始めます。番組は最近の地方議員の政務活動費の問題などに触れた後、名越さんの以下のコメントが続きます。


私が最初に呟いた「激怒」ではなく、静かに、しかし表情は厳しく維新を応援している皆さんは、正しいことをやっているからええという人もいらっしゃるかも知れないけれど、正しいことをやるということで民主主義が正当化されるということがあったら恐ろしいことですよ」というもの。ここから、漸く番組はこの間の維新の異常な議会運営に触れ始めました。

石田さん「議論をしてきているというけど反対意見をいわれる議論をしたくないというのは民主主義ではない」と続き、このコーナーの「茶番」という導入部とは違う「民主主義とは」という話に展開しました。


これほど当初の雰囲気と違う展開になることは珍しいと感じ、そこから一連のツイッター、フェイスブックへの投稿へと繋がりました。放送局側の承認がないとネット上では見られないでしょうが、「議員の質」と「議会制民主主義」について具体的に多くの問題点がある、現在の大阪の状況をご理解いただくためにも是非多くの方に見て頂きたい内容でした。


こうした内容をツイッター、フェイスブックにアップしたところ、このコーナーの文字起こしをしておられる方のブログリンクも紹介してもらい、動画ではご覧になれない方の為にそれもアップさせていただきました。

http://sazanamin.blogspot.jp/2014/08/20140828.html

テレビ離れという言葉も既に言い古された感はありますが、情報入手手段としての力はまだまだ残っています。そして、偏った意見だけを流し続ける番組も存在しています。


ニュース番組とバラエティ番組の垣根が無くなってしまった現在、私たちがきちんと判断できる材料をバイアスなしに届けることの難しさを感じつつ、一面的な捉え方だけでは誤った判断を誘導しかねない「報道現場」「制作現場」に多くの示唆を与えたコーナー展開だったと思います。

もし、名越さんがいなければどう展開したのかと考えると少し肌寒くなりますが。


 

9月11日にシンポジウムを主催します。

公共政策ラボ主催、ナカノシマ大学事務局協力のシンポジウムですが、詳細が掲載された「月刊島民」8月号が手元に届きました。

内田樹、釈徹宗、鷲田清一、そして市長時代の私がコーディネーターをさせていただいたのが’09年10月1日。ナカノシマ大学のキックオフセミナーで「街場の教育論」がテーマでした。

後日、同じメンバーで「街場の教育」を語り合い、「おせっかい教育論」として出版されたのですが、あれから果たして「街場の教育」はどうなったのか。もう一度全員が揃って、それぞ
れの思いを語り合おうという企画です。そして、ゲストには前大阪市教育委員長の長谷川惠一さん(エール学園理事長)にもお越しいただきます。

開催は9月11日、場所は天六の大阪市立住まい情報センターホールで午後5時半開場、6時半開演。詳細は月刊島民8月号の11ページ、12ページに掲載されています。

私が代表をしている「公共政策ラボ」(PPL)会員の方は一般2,200円のところ2,000円でご入場いただけます。今後も大阪の教育を通して日本の教育問題などにスポットを当てて、シンポジウム、セミナーなどを開催したいと思っており、会員の方にはその都度情報をお送りします。この機会に是非PPL会員にご登録いただければと思います。
https://www.with-ppl.jp/ppl/recruitment/

月刊島民はご覧の表紙の無料マガジンです。京阪電車主要駅を始め、大阪市北区、中央区、福島区の主要書店など多くの場所に置いてあります。(裏表紙に入手可能な場所の詳細記述あり)

ナカノシマ大学のHPからでも受講申し込み可能です。リンクはこちら http://nakanoshima-univ.com/site/seminar/article/p20140911

ふるってご参加下さい。なお、定員は300人ですが、定員に達した時点で申し込み締め切りとなります。

あぁ、大阪

大阪市会議員団の市政報告紙「自民市民」の13号です。出直し選挙の際に「あの人」が多用し、テレビでも散々映し出されたグラフについて、私も「嘘ばかり」とSNSで書いた記憶があります。法定協議会資料から忠実に再現したグラフとの違いが強烈! http://jimin-osaka.com/jo/?page_id=1816

嘘の数が多すぎて、マスコミも検証する時間がない。撮影したものを映すだけで、コメントをしていない…ということが免罪符にはなりえない。今回の議会制民主主義の否定という暴挙についても、その経過をきちんとみれば、無理筋はどちらかはっきりしている。「対案」以前にまっとうな案がないのだから。

こうしてみると、法定協議会を粛々とスケジュール通りにやることで、多くの「嘘」が暴かれることを嫌った暴挙があの選挙。そして、今の議会軽視は確信犯的に振る舞うことで、自らの不当性をさも「言い分」がある振る舞いのように「勘違い」させるための儀式。何のための誰のための地方自治か!

『大義』なき…そのワケは。

明日9日にいよいよ「大儀なき市長選」が告示されますね。今朝、私が購読している新聞に「自由民主」号外が折り込まれていました。これをじっくりみると、2月3日に辞職会見をした際の橋下市長の言い分の根拠のなさが浮き彫りに。故に「大儀なき」という冠はずっと被ったまま。

「自由民主」号外は http://d237488.win-sv.com/osaka-jimin.jp/img/fck/20140305jiyuuminshu_gougai/H26.03.01_jiyuuminshu_gougai.pdf … そして、2月3日の記者会見概要は日経の http://www.nikkei.com/article/DGXNASHC0303G_T00C14A2000000/ … に

例えば、自由民主号外の(2)左肩の図ですが、これは具体的には府市のホームページに記載されている特別区設置協議会の去年4月の資料、「今後の協議スケジュール」にはっきりと書かれています。https://twitter.com/hiramatsu_osaka/status/442102683294375936/photo/1

先述の日経によれば、「府議や市議らで構成する法定協議会は設計図作りを半ば放棄した状態。設計図作りをやめてしまえば税金の無駄遣いだ。」と語ったとあるが、協議会資料のように、第4ステージ、この4月以降に区割り案を絞り込むとある。https://twitter.com/hiramatsu_osaka/status/442103533341384704/photo/1

1月31日の第13回協議会でブチ切れてしまい、協議会としての役割をも放棄する形になっているのも、維新以外の協議会メンバーが「協議」に乗らないからという印象を植え付けたかったのだろうが、「情報公開」の世の中では直ぐに分かる「噓」をつくほど「後で響く」ことはないはずなのに。

アップしてから確認したら、ツイッターのリンクのままで同じ文章が表示されますが、どうかご容赦下さい。

えっ!辞職出直し…???

2月1日と2日の夜ツイッターで呟いた内容を貼り付けておきます。

まず1日の深夜です。
こんばんは。橋下市長の発言を巡って取材がいろいろ入ってますが、きちんとした反応は全て3日の会見で何をいわれるかだ…と答えています。いずれにしても「大義」はどこにあるのかという気がします。都構想の協議が議会の委員の反対で思うようにいかないから「民意」を問うために辞職するかも…?

議会の構成を自分の思うような形で引っ張りたいのであれば、きちんとした説明責任を果たしてこそリーダーでしょ。兆円単位の予算を預かる自治体の長として「辞職」をちらつかせるやり方は陳腐としか言いようがないですね。なぜなら出直し選挙で「民意」は我にありと再選されたとしますね。

ところが、市議会も府議会も現状の議員のまま…ということは協議会メンバーも変わりません。私が再選されたのは「民意」だからといって維新以外の市議、府議が「ハハァー、かしこまりましてござります」とはならないでしょうね。それが二元代表制だからです。

市議、府議も勿論市民、府民を代表していますので、首長が自分都合の理由で辞職し、出直してきてもそれにかしずく必要性は全くありません。なら、議会を解散して、思うような構成にすればいい…ところがそうはいきません。

なぜなら地方自治法で首長に議会の解散権はありますが、それは不信任議決を受けた時か不信任議決を受けたとみなされる場合に限られています。ですからいくら議員がいうことを聞かないといっても、顔触れ一新させるぞという脅しが効かない仕組みです。

おもちゃ売り場で、買ってくれるまではここを動かんぞ…とダダをこねる子供みたいなもんでしょうね。ほな、この件はこの辺で。

おまけです。二元代表制というのは市民を代表する行政のトップとして首長があり(一元)、そして行政の執行をチェックすためにそれぞれの地域から選ばれた議員がある(一元)という二つの民意を担保できる仕組みです。」

2日の夜
昨夜に続き、明日の市長会見前に呟いておきたいことをいくつか書きまっさ。

既に報道でも触れられている部分で、この時期に出直し云々というのは、行政にとって一番大事な予算編成が止まらざるを得ないということ。予算あっての市政運営ですから、自分の経験上、担当職員や当該部局の職員さらに議員の方々への説明など、連日遅くまでの作業が続いていたと思います。

そんな時期に明日の記者会見で何を言おうというのか。自らの政党での発言では「辞職」するということをはっきり言った…らしいのですが、明日は発言を受けて各メディアが報じた後だけに、彼独特の嗅覚が微調整を図る局面もありかなとも感じます。

それと、選挙にかかる費用はどこから出るのか…ですが、国政選挙の場合は総務省から当然出ますが、市長選、しかも自分都合の出直しとなると純然たる市税からの出費になると思います。通常の首長選は当然、予算が組まれますが、今回のような場合は補正予算になるのでしょうか。

大義がない出直し選挙に臨もうとする首長にたいして、誰も候補を立てないという戦術が既に報じられていますが、そうなったとしても、辞職した後は確か50日以内に選挙をしなければならず、告示前日まで「対立候補」が出るか出ないか分からないわけですから、あらゆる準備が必要です。

投票用紙、投票所、掲示板、それに関する人的配置と人件費などなど。予算編成途中のやり直し作業にかかる人件費を除いても、選挙にかかる純然たる出費が恐らく5億円ほどかかるはずです。まぁ、お騒がせ度合いは次第に大きくなってきましたね。昨日と違って番号を振りませんでしたが、今日はこの辺で。」

以上です。「うがった見方特集」ということをやろうかと思ったのですが、まぁ明日の会見の様子を聞いてからでもいいかとも思ってます。

現代ビジネスに2011年1月4日アップされた私が市長時代のインタビュー記事、「選挙で勝ったら何でも自由にできる」というのは民主主義ではない…もう一度読んでみました。良ければこのリンクです。 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1901