2月1日と2日の夜ツイッターで呟いた内容を貼り付けておきます。
まず1日の深夜です。
「こんばんは。橋下市長の発言を巡って取材がいろいろ入ってますが、きちんとした反応は全て3日の会見で何をいわれるかだ…と答えています。いずれにしても「大義」はどこにあるのかという気がします。都構想の協議が議会の委員の反対で思うようにいかないから「民意」を問うために辞職するかも…?
議会の構成を自分の思うような形で引っ張りたいのであれば、きちんとした説明責任を果たしてこそリーダーでしょ。兆円単位の予算を預かる自治体の長として「辞職」をちらつかせるやり方は陳腐としか言いようがないですね。なぜなら出直し選挙で「民意」は我にありと再選されたとしますね。
ところが、市議会も府議会も現状の議員のまま…ということは協議会メンバーも変わりません。私が再選されたのは「民意」だからといって維新以外の市議、府議が「ハハァー、かしこまりましてござります」とはならないでしょうね。それが二元代表制だからです。
市議、府議も勿論市民、府民を代表していますので、首長が自分都合の理由で辞職し、出直してきてもそれにかしずく必要性は全くありません。なら、議会を解散して、思うような構成にすればいい…ところがそうはいきません。
なぜなら地方自治法で首長に議会の解散権はありますが、それは不信任議決を受けた時か不信任議決を受けたとみなされる場合に限られています。ですからいくら議員がいうことを聞かないといっても、顔触れ一新させるぞという脅しが効かない仕組みです。
おもちゃ売り場で、買ってくれるまではここを動かんぞ…とダダをこねる子供みたいなもんでしょうね。ほな、この件はこの辺で。
おまけです。二元代表制というのは市民を代表する行政のトップとして首長があり(一元)、そして行政の執行をチェックすためにそれぞれの地域から選ばれた議員がある(一元)という二つの民意を担保できる仕組みです。」
2日の夜
「昨夜に続き、明日の市長会見前に呟いておきたいことをいくつか書きまっさ。
既に報道でも触れられている部分で、この時期に出直し云々というのは、行政にとって一番大事な予算編成が止まらざるを得ないということ。予算あっての市政運営ですから、自分の経験上、担当職員や当該部局の職員さらに議員の方々への説明など、連日遅くまでの作業が続いていたと思います。
そんな時期に明日の記者会見で何を言おうというのか。自らの政党での発言では「辞職」するということをはっきり言った…らしいのですが、明日は発言を受けて各メディアが報じた後だけに、彼独特の嗅覚が微調整を図る局面もありかなとも感じます。
それと、選挙にかかる費用はどこから出るのか…ですが、国政選挙の場合は総務省から当然出ますが、市長選、しかも自分都合の出直しとなると純然たる市税からの出費になると思います。通常の首長選は当然、予算が組まれますが、今回のような場合は補正予算になるのでしょうか。
大義がない出直し選挙に臨もうとする首長にたいして、誰も候補を立てないという戦術が既に報じられていますが、そうなったとしても、辞職した後は確か50日以内に選挙をしなければならず、告示前日まで「対立候補」が出るか出ないか分からないわけですから、あらゆる準備が必要です。
投票用紙、投票所、掲示板、それに関する人的配置と人件費などなど。予算編成途中のやり直し作業にかかる人件費を除いても、選挙にかかる純然たる出費が恐らく5億円ほどかかるはずです。まぁ、お騒がせ度合いは次第に大きくなってきましたね。昨日と違って番号を振りませんでしたが、今日はこの辺で。」
以上です。「うがった見方特集」ということをやろうかと思ったのですが、まぁ明日の会見の様子を聞いてからでもいいかとも思ってます。
現代ビジネスに2011年1月4日アップされた私が市長時代のインタビュー記事、「選挙で勝ったら何でも自由にできる」というのは民主主義ではない…もう一度読んでみました。良ければこのリンクです。 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1901
新年最初は、都知事選挙の話題から
東京都知事選挙が賑やかになってきた。猪瀬前知事のスキャンダル辞任がなければ、誰も想像だにしなかった展開になっているわけだが、「アベノミクス」効果や数にものをいわせる手法などに危機感を感じつつある段階でもあり、知事選挙という形を借りた「安倍政権」リトマス紙的な意味合いもあるのだろう。
そんな中で細川元首相と小泉元首相とのタッグが一気に脚光を浴びている。私は「森の長城プロジェクト」に関して興味があったので細川さんとは去年、数度お会いしている。食事会の席上「政治から遠ざかっている」といわれながら、裏話などがちょこっと出たりして興味深かったことを覚えている。
細川さんの立候補決意表明を受けたメディアの報道ぶりが一面的になりつつあると感じるので、私なりに「森の長城プロジェクト」をきっかけにして、細川さんが東日本大震災の後の日本がどうあらねばならないのかという思いを抱かれていたのかについてSNSの世界で書くことで応援に代えたい。
メディアでは細川さんについて常に日本新党、連立政権、短命、佐川急便問題、などは報じられるものの、震災後の「森の長城プロジェクト」の活動について語る紙面をなかなか見ることがない。ツイッターでは私は一昨年の6月に大阪での瓦礫焼却に絡んで、数十年先を見越した動きだと紹介している。
たとえば、朝日新聞の今朝の社会面、35面の第2見出し「76歳元首相 政権交代…でも借金問題で辞任」という表現を見て、細川護熙さんのことを知らない世代はどう感じるのだろうか。「20年前の借金問題について説明責任を果たしていない」というメディアは追及の矢を放ち続けていたのか。
今の現場記者にとって、細川護熙という存在がどう映るのか。20年前に政治部記者の主軸、駆け出しだった人がこの20年、どういう人生と記事を送り出し、また社内での立ち位置、価値観が変わってきたのかなど、非常に興味深く論調をチェックしているが、日本新党連立政権時代のことをどれほどご存知なんだろうと思う。
私も20年前は大阪ローカルニュースをMBSで担当していた19年目の年だったし、中央政治のことはどこか距離感があってなかなかピンとこなかったことを思い出す。そこで一冊の本を書棚から引っ張り出してきた。
2010年9月ポット出版から出された「民主党政権への伏流」前田和夫著である。この第1章が「細川護熙の側近として日本新党に新しい政治文化を胚胎」というサブタイがついた金成洋治の章である。(同書11ページから74ページ)熊本県知事時代から中央政界への踏み出し方やその後の流れなど92年から細川さんのもとで動いてきた金成(カンナリ)氏を軸とする部分である。
かなり分厚い書籍だし、政治専門書を扱っている書店くらいしか置いてないかもしれないけれど、細川さんを同時代に「記者」としてじっくり取材した人でも知らない話が出ているかもしれないし、これから政治記者として都知事選挙取材にあたろうという若い記者にはいい参考書になるかもしれない。
さて、宝塚市長選挙の最後の運動日だった去年の4月13日にこう呟いた「今日は「森のプロジェクト チャリティオークション」会場を覗いて森の長城プロジェクト理事長の細川護熙元首相にご挨拶。
http://www.tohokai-charity.com/ 非常に興味がある震災瓦礫を自然に還す運動です」
そして、6月4日には「森の長城プロジェクトのHPです。 http://greatforestwall.com/ 」とも呟いている。被災地によって震災瓦礫の扱いは被災直後から様々な側面があったことを現地取材した人たちや、実際にこの運動に加わった人たち、そして批判的な意見などがあったことは承知しているが、私にはこの「長いスパン」の話が逆に新鮮に響いた。
この財団のHPを確認したら依然細川さんが理事長をされている。細川さんの名前で多くの方たちの共感を得、チャリティも集まり、実際に東日本のあちこちで植樹の動きが広がりつつあるとも聞いている。
「反原発」を旗印にという一面だけで、「引退」したはずの政界にチャレンジという図式しか伝えなくていいのか。「長城プロジェクト」からも、細川さんが、原発のない国を明確に志向することで、この国の未来を「たおやかさ」「しなやかさ」に繋ごうとする気持ちを感じる。
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