2010年6月 3日(木) ツイッターの2

ユーザーネームをhiramatsu_osakaに変えました。その方がshiminkyoudou(市民協働)より分かりやすいのではないかというご意見を多くいただいたことから変更したものです。

この原稿を書いている時点でフォローしてくださっている方が800人を超えました。お返事をしたい内容や、140字制限(これが素晴らしい着眼点でもあると思いますが)ではお返事しきれないことなどをこの欄に書きます。

早速、先日頂いたツイートを貼り付けます。
@nakasanzとおっしゃる方からです。

「おはよーございます。感じるのは、職場で私語が多いこと、例えばベビーカーをおしていても、職員はエレベーターの中で、しゃべり倒したあげく、先に降りていきます。一般の企業ではあり得ないことです。愚痴を言うばには使いたくないですが、どうおもいますか? 」

@nakasanzさんには、ブログでお話しますとお返事し、今日の更新となりました。こうした事実があるとすれば、恥ずかしい限りです。実はこうした件について市役所職員に向けた庁内ポータルの「市長雑感」というコーナーに一昨年の4月に書いた思いをご紹介します。そして、これは庁内向けに初めて「市長雑感」に書いたものです。

【市長雑感】
「先日、某市役所を訪れた際のこと、職員とおぼしき女性が、エレベーターに乗ろうとした私に「何階ですか?」とごく自然に行き先フロアを尋ね、その階のボタンを押してくれました。
これは何も、私が大阪市長だからではなく、市役所に来られた方々に対する自然な対応として身についているものだと好感を覚えると同時に、ふと考えさせられました。「大阪市役所では来庁者に対してこういう対応ができているのか…?」
 
私はメディア出身ということもあり、市政記者の中には、取材をするだけでなく、逆にいろんな情報を教えてくれる方もいます。そうした中で、「本庁職員のエレベーター内のマナーが悪い」、「職員はワンフロアの移動にもエレベーターを使っている」という話を聞いたことがあります。私は、「エッ、ほんま?」と思わず聞き返しましたが、これって本当なのでしょうか?
 
 「カイゼン甲子園」の取り組みでも、区役所が来庁された市民の案内に知恵と工夫を凝らし、市民サービスの向上に力を注いでいる事例をいくつか見聞きしましたが、記者の話が事実なら、これもカイゼンすべきことではないでしょうか?もちろん、その日の体調やケガなどの事情もあるとは思いますが、そういう目で見られていることも心に留めておく必要があると思います。
 
現在、大阪市を取り巻く情勢は非常に厳しいと認識しています。ともすれば市に対する不満やお叱りの声が聞こえる中で、我々職員は、来庁する市民の皆さんへの接遇態度、例えば、庁舎内で迷っておられる市民の方をお見かけした時に、こちらから「どこへ行かれますか?」といった声を掛けることが当たり前のこととして身についているかが気になります。
 
大きな市政から見れば些細なことかもしれません。しかし、市民の皆さんへの第一印象が違えば、市全体に対する見方も違ったものになりはしないでしょうか?皆さんのお考えはどうでしょう。(邦)
 
以上が雑感の内容です。勿論、全ての職員がご指摘のような接遇態度とは思いませんし、多くの方に見られており、自らは地方公務員として地域の役に立つためにいるという思いを持ってくれている職員も多くいます。
 
そして、市民の方に接する機会に「最近、市役所、区役所の雰囲気は変わりましたか?」と聞くことがよくあります。
 
そうした際に、市長が直接聞くわけですから割り引かないといけないとは思うものの、多くの方から「随分変わってきた」という反応を頂きます。でも、それを「たまたま」、「運悪く」そうした職員に遭遇したのだろうと身びいきに考えるのではダメだと思います。
 
まだまだチェックしなければいけないことが多いと感じ、さらに区役所での職員の態度については一番近くにいるのが区長ですから、区長の指導のもとで改善をはかって欲しいと今朝の区長会で伝えました。
 
@hotaru_yukataさんからも
「毎日通勤で地下鉄を利用するのですが、改札を通っても全く反応しない駅員がいます。目が合っても、知らん顔をされるときもある。会釈とか一礼くらいあってもいいのに。私鉄では、「ご乗車有り難うございます」と挨拶があります。
他の乗客との接客や用事に追われていて挨拶出来ないときもあるかも知れませんが、出来るだけ乗降客には挨拶するように心がけて欲しいなと感じています。きちんと挨拶する職員もいますが、全職員がお客様に挨拶をするように市長から伝えて頂けませんか?
 
というご意見も頂きました。一方、地下鉄の職員でお客様に親身になって案内や説明をしている光景も市長になる前に目撃したこともあります。
 
ほんの小さな心遣いや気配りがあらゆるところで見えることで、市民に対して「市役所変わってきたな」「良くなったな」と思って頂けるとしたら、本当の市民協働という部分が動き始めると信じています。それを大阪市の標準仕様にしたいものです。

2010年5月24日(月) ツイッター

shiminkyoudouというユーザーネームでツイッターを始めました。まだ完全な初心者です。PC自体は昔、Basic言語を独習したことがあります。また、95年からNYに3年間赴任してましたので丁度インターネットビッグバンの真っただ中をめまいがするような変化を感じながら過ごした時代にPCを道具として普通に使えるようになりました。

ツイッターというツールは、ブログの流行をさらに推し進めているようで、自らのHPを多くの人に見てもらいたいと思っている人にも当然のように人気があるようですね。様々な使い方をされているようで、当面は本来の「つぶやき」程度の投稿になるでしょうね。

なぜ、今ツイッターかというのは、このたび大阪市の特別顧問になって頂いた内田樹教授の「つぶやき」を読みたいと思い、アクセスしてから、自分も使ってみようかなという単純な思いでした。

さて、イリュージョンという言葉で表現させていただいた橋下知事の手法ですが、昨日の福島補選で「大阪維新の会」がおっしゃっている「大阪都構想」が支持されたという知事(いや、会の代表かな…この分離が難しい)のご発言が新聞にも出ていますが、2年半市長をさせていただいて、直接行政では仕方がないと思いながらも、時間をかけて懸命に改革を続け、市民で大阪市に様々な力添えをしてくださっている方とお話をする機会を持ち、「市民協働」での成果を少しずつ上げてきていると自負していました。

届かない情報は努力が足りないからとも思いますが、「大阪都構想」について具体的には公式に何も表明されていなかった維新の会が、今回の補選で配られたビラで初めて公式に大枠(これも具体的な方法論などは入っていませんが)を示されました。

これでようやく議論の糸口になると感じます。これまでも民放などの情報番組やニュースバラエティなどでは「(案)として入手した」というスタンスで放送されていましたが、私は中身が見えないと言い続けてきました。直接行政に携わりなおかつ歴史も文化もある大阪市という町を今後どういう形にされようというのか、いよいよ具体的な議論をさせていただきます。

幻想から何も生まれないと思いますし、地味だといわれても「地域主権」の主役は市民であるという信念から、時につぶやき(ツイット)、時にこのブログに書かせていただこうと思っています。

2010年5月 2日(日) あぁ、イリュージョン(2)


30日のこの欄で、28日の知事定例会見での大阪市財政再建計画を練っているという発言に対し、市長定例会見としては異例の反論をさせていただいたことや、なぜ今反論するのかについて書き、その参考資料として2月22日の知事との意見交換会の記録へのリンクを貼りました。(前回ブログ参照)

私の反論については新聞数紙に掲載されましたが、当然、メディアの編集を経るので記者会見のトーンと、自分が言いたかったこととはややニュアンスが変わることは往々にしてあります。

これについてはメディア出身でもあり当然のことだと思っています。編集権というのは第4の権力ともいわれるメディアの存在意義であるし、弱者の視点に立って、より大きな権力のチェックをするからこそ「言論の自由」が守られるという構造になっていると教えられました。

自らの記者会見を振り返って、「あぁ、言いたいことをどういえば新聞、放送の記者の方にこちらの思っている情報の出し方ができるのだろうか、一方であらゆる情報を出すからこそ、各紙、各放送局でニュアンスの違いとなって表れるのだ」と、両者を経験している板挟み心理に悩む部分でもあります。

なら、丸々そのまま(といっても音声状態とか生で現場にいる臨場感ではありませんが)ゴールデンウィークで、もし、ゆっくりされている方があれば、全国自治体ホームページランキング(※)で1800ほどある自治体の中で、1位になった大阪市のホームページにアップされている市長定例会見の動画をご覧いただければと思い、前回の続きとして書いています。

この会見で言いたかったのは、橋下知事がさかんにおっしゃっている「大阪都構想」や「ワン・オーサカ」という耳触りのいいフレーズに、「あぁ、面白そうや」とだけで反応すると、あとあと大変なことになりますよという警鐘です。

つい反応してしまった経験として、「小泉劇場」と言われながら、連日「ワン・フレーズ」を新聞、放送が大きく取り上げ、内容については「またあとで…」ということを正面からとらえることなく、多くのメディアがあおり、それによって多くの国民にあたかも「キャッチフレーズ」で全てが変わるという幻想を抱かせてしまった極めて近い過去の経験があるからです。

小泉元総理大臣といえば「自民党をぶっ壊す」といった過激な発言など、ひと言で決めることから、私も当時すでに報道現場にはいませんでしたが、放送局に勤めていたことから「メディアで使いやすい」、視聴者には「受けやすい」珍しい政治家だなと感じたことを思い出します。

ウィキペディアで小泉さんを検索したら、その政治手法について、作家高村薫さんが文芸春秋の2001年8月号に書かれた「宰相小泉の空虚な語法」という評論のことがでていました。下に貼り付けさせていただきます。(注:これは高村さんの原文ママではありません)

【「分かりやすいと言われる小泉語法の特徴は、『簡潔』『断定』『すり替え』『繰り返し』の四つだ」と指摘している。そして、「文節の短い、簡潔な言葉は論旨を単純化する。単純は『断定』を生みがちであり、簡潔にはいかない複雑で微妙な事柄については、『繰り返し』や『すり替え』が起こり、最後はあいまいなままに置かれる」と結論づけて、「国会の議論が小泉語法によって歪められた」】

この高村さんの評論を紹介した文章は、今の「大阪都構想」、「ワン・オーサカ」構想にそのままあてはまる印象を持つのは私だけでしょうか。

だからこそ、「大阪市の財政再建問題は大阪市で懸命に努力している、それよりも大阪府が抱える財政問題で、なかなか府民には見えない「減債基金」の取り崩しについて、まず検証して頂きたい」という気持ちがこの会見の中心だという思いでした。

またリンクを貼ります。大阪市のホームページで市長定例会見の4月30日の会見動画です。画面の下にスライドバーがありますので、その5分27秒の時点から知事発言への疑問を呈し、後ほどの記者からの質疑応答でもかなりの部分が府市問題で占められています。
大阪市HP市長定例会見へのリンクです。http://www.city.osaka.lg.jp/contents/wdu010/movie/mayor/index.html

※なお、下のリンクは自治体サイトランキング(ゴメス・コンサルティングの調査)です。

http://www.gomez.co.jp/ranking/government/index.html

2010年4月30日(金) あぁイリュージョン(幻想)


本日(4月30日)の定例記者会見で、一昨日大阪府で行われた橋下知事の記者会見で話題になった、大阪市の財政再建案を考えているという発言や、その個々の内容に触れられている点に対して、今日の私の定例会見で「大阪都構想」をはじめとするこの間の知事の発言に対し、改めて疑問を投げかけました。

きっと、メディアによっては「全面対決」とか「大阪都は幻想(イリュージョン)と批判」といった記事が出るかもしれません。実は、今盛んにもてはやされているかのように見える「大阪都」なるものの実現可能性よりもまず、大阪府が一体どういった状況であるのかという視点をお忘れではないかと疑問を投げかけたものです。

大きな疑問としては、大阪府の財政再建の道のりでは、避けて通ることのできないはずの減債基金取り崩しの実態把握がなされていないことと、大阪市の改革がまったく進んでいないように信じておられる点があります。

今、大阪府の特別顧問に就いておられる上山信一慶応大学教授は、関前市長の時代に「市政改革」に経営的観点からお知恵をお借りした方であり、その時点で出されたマニフェストに沿って当初目標以上の成果を挙げることができました。地下鉄民営化問題以外は上山教授からも評価していただける進捗度合いであると思っています。

勿論、まだまだ手をつけなければならない改革は山とあると思いますし、それを今年の秋には具体的に新たな方向性として出させていただこうと思っています。

去る2月22日に市の公館で開いた知事との意見交換会で、大阪市から府に対する具体的な要望をしました。その答えは「指揮官が一人になったら解決する」という論調に終始したことを記録を見ていただければ判ってもらえるはずです。私が「大阪府市解体」の中身が見えないことに対して、知事は4月以降にきちんとした方向を出すといわれ、それが出た時点でもう一度話し合いましょうと合意しました。

ところが、大阪維新の会の綱領はでましたが、そこには「ワンオーサカ」を目指すということが書かれているだけではないでしょうか。具体的な「大阪都」の区割り案などについて、既に取り上げているメディアもありますが、知事が代表をされている「大阪維新の会」からの正式発表資料ではまだ出ていません。

今大阪府にとって大事なことは、府の財政再建にとって、あの5000億を超える、本来は積み上げていなければならない減債基金に何故手をつけてしまったのかという検証や、それを含めてこれからの税収減にどう対応するのかということを情報公開されるなど、まず府の財政の問題をきちんと見ることではないでしょうか。そういう意味でも上山教授という特別顧問を置かれているのですから、大阪市の財政再建よりも、是非足元をしっかりと見ていただきたいというのが、大阪市民であり、大阪府民でもある私の願いです。

2月22日の意見交換会では、まず私が市からの要望を4項目お願いし、それに対して橋下知事が一つの大阪になればすべて解決するという展開になりました。その会議録を大阪市のホームページに掲出しております。2時間近くにわたり、議論がかみ合わないままで終わったという新聞、放送の報道内容でしたが、このゴールデン・ウィークの期間、もしお時間がおありなら、かなり長文ではありますが、是非そのやりとりの全容を知っていただきたいとリンクを貼ります。
http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/cmsfiles/contents/0000069/69975/220222ikenkoukangaiyou.pdf
私は就任以来、地下鉄民営化を全面否定した覚えはありませんし、森之宮ごみ焼却場の問題についても「凍結発言」以降、全ての情報をきちんと出してきたと思っています。また、私が「外部の意見を聞こうとされていない」という発言は事実とはいえません。

知事の凄い発信力、発言の強さは意見交換会の記録を見ていただいても、この間の「大阪維新の会」立ち上げの際の発言でも十分承知しており、今年になって完全に軸足を「解体論」に置かれている背景には、一番影響力を行使できるはずの府の財政が抱える大きな問題から目をそらすイリュージョン(幻想)だといわざるを得ません。

是非、お互いがいろんな情報交換をできた初心に帰っていただいて、今できることをやっていただき、府市協調して大阪市民、府民の幸福を追求する動きにつなげたいという思いで書きました。

2010年4月27日(火) 平松事務所の所長逝く


元気メッセージというタイトルには全くそぐわず、しかも、私事に近いことを書かせていただくことを許していただきたいと思います。

平松事務所の高本正大所長が4月24日の午前、ガンの為亡くなりました。家族、近親者のみで26日にお別れの会が開かれ、故人の「無宗教で送って欲しい」という希望に添い、奥様が選んだ生前の高本氏を彷彿とさせる写真をモニター画面でのスライド形式で見ていただきながらの献花で、親しかった人たちに見守られながら63歳の人生のお別れ会でした。

私が市長選挙に出ることになったそもそものきっかけを作ってくれた(市長選を振り返った本「勝ってもうた」34ページに彼との出会いが書かれています)高本氏だけに、遺影を見ながら30年近くにわたる彼との付き合いを思い出さずにはいられませんでした。

今年の初めに母を送った時も、彼が何かと段取りをつけてくれ、諸事滞りなく済ませてくれましたが、その時には彼も気付かないうちに病魔が体を蝕んでいたのでしょう。発見が遅れ、精密検査の結果、手の施しようがない状態であるという最終診断が下ったのが3月初旬、それからの病室での彼は、医師も驚くほどの精神力で病と正対して、事務所のことなどを気にかけてくれていました。

もし、これを読まれて、彼をご存じの方がおられましたら、海が大好きで、賑やかなことが大好きで、若い時にはかなりやんちゃなこともし、それでも平松事務所所長として私のことを懸命に守ってくれた彼の冥福を祈っていただきたいと思い、しばらくご無沙汰していたこのブログを書いています。

大阪市長として一時の停滞も許されない市政改革と財政再建という大きな荷物を背負うことを承知で立候補、当選以来2年4か月以上走ってきましたが、その陰には様々な人々を紹介してくれ、また、彼の経験からくるセンサーで微妙なやり取りなどもきちんとこなしてくれていた所長がいました。

彼が亡くなる二日前に病室で「市長、お別れの会ではいつもカラオケに行ったときに最後に歌っていた「マイ・ウェイ」を弔辞の後で歌って下さい」と言われたときに「あほなこと言わんといて。そんなん歌えるかいな」といったものの、いつか彼を思い出しながら歌う日があると思っています。

そもそも知り合ったきっかけが、小さなカラオケスナックで知らない同士で笑いながらマイクの取り合いに近いことをしたことが、ここまでの付き合いになるとは…。

そして、彼と飲みに行ったときには、そろそろ帰らないとという時間になると、いつも「ではいつもの『止め焼香』に参りましょう」と促され、興が乗った時には披露させていただいていました。私が覚えている「マイ・ウェイ」は岩谷時子さんの訳詞といわれているもので、カラオケで画面に出てくる歌詞「今、船出が近づく~」とは全く違います。昔、鳳蘭さんから歩きながら教わった歌詞で、間違って覚えている可能性もあります(岩谷さんお許しください)が、その歌詞を紹介させていただいて、お別れの会で歌えなかった彼への詫びにしたいと思います。

  やがて私もこの世を去るだろう
  長い歳月(としつき) 私はしあわせに
  この旅路を今日まで生きてきた いつも私のやり方で

  心残りも少しはあるけれど
  人がしなければならないことならば
  できる限りの力を出してきた いつも私のやり方で

  あなたも見てきた 私がしたことを
  嵐もおそれずひたすら歩いた いつも私のやり方で

  人を愛して悩んだこともある
  若い時には激しい恋もした
  だけど私は一度もしていない ただひきょうなまねだけは

  ひとはみないつかは この世を去るだろう
  誰でも自由な心で暮らそう 私は私の道を行く

  合掌。

2010年3月28日(日) 続発する不祥事について


23日付で南港市場職員が大阪府警に覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕されました。09年度で何と5人の職員が覚せい剤取締法違反で逮捕されています。

言語道断…という言葉をここまで頻繁に使うとは思いませんでしたし、その言葉しか思い浮かばない状況であることは確かです。市役所としてこうした違法行為が後を絶たない現実を前に、何が一番有効な手段なのか、考えられるありとあらゆる対策を講じないと、本当に市民の信頼を取り戻すことは不可能だと感じています。

そうしたこともあって、停職期間の最高が3カ月だったものを1年まで伸ばしました。それと同時に、全く無給の期間がそれだけ長くなると、あきらめて自己都合退職を選ぶ不良職員もいるかもしれません。市民感覚からいえば、悪いことをして休職処分を受けても、懲戒免職にならないと退職金が支給されますから、その退職金の減額基準も厳しくして、公務員だからクビにはならないと高をくくっている悪質な職員に対し歯止めとしようと改定しました。

さらにはこうした職員に断固立ち向かうと同時に、現状把握をきちんとするためのプロジェクトチーム(以下PT)を立ち上げて、全庁的にチェックをやろうという体制をとりました。

当たり前のことですが市役所というところは、貴重な税金を市民のためにどうきちんと使うかということに全精力を注ぐのが本来の仕事であると思っています。市長になってすぐの不適正資金の問題や、続発する不祥事、そして負の遺産といわれるバブルの後遺症の後片付け、財政状況の悪化に加え、20人に1人という生活保護の実体と貧困ビジネス。数え上げればあきれるほどの負の側面ばかりです。

市長として市民に申し訳ないと思うと同時に悲しくもあり、また恥ずかしくもあります。

しかし、ここで強調したいのは、そんな中でも素晴らしい仕事を続けてくれている職員の数の方が圧倒的に多いということです。大阪市は「職員厚遇問題」であらゆる面からバッシングを受け、また、同和問題に絡む様々な不明朗なお金の流れなど、「どうしようもない見本」のように言われてきましたし、今もそういう目で見ている人は多いことでしょう。

そんな大阪市ですが、報じられている恥ずかしい事案とは全く別次元の「やりがい」に燃えている職員も数多くいるという事実をお知らせしたいのです。勿論、いいことをして当たり前の職員ですから、それが表に出る機会は不祥事とは比べ物になりません。

巨大な組織で、関西の母都市としての歴史やその責任感から、日本の福祉行政の先頭を切ってきたという自負があり、特に自治会単位での地域活動を積極的に推し進めてきた長い歴史がある街です。単純化していうと、巨大であるがゆえに責任を分担するために当然のように縦割りが進み、進みすぎたがゆえに組織防衛のみに走ってしまうという矛盾に満ちた過去があります。

PTという全庁的な組織は、今まで「よその局のことだから」という無関心で済ませていたものを、「大阪市役所」という同じ単位でまずものを考えるという、普通の感覚では当たり前のことに次元を移すことで、様々な障害を乗り越えることができるという「気付き」を生みつつあります。

西成区の萩之茶屋小学校そばの30数年放置されていた屋台の問題。街頭犯罪ワースト1の返上への確実な動き。放置自転車対策での地域との連携を含む取り組みの成果。ゴミ減量作戦への取り組みなど、少しずつではありますが大阪市民から評価を受けることをやらせてもらっている実感があります。

こうしたことを積み重ねながら、そして不祥事を起こした職員を徹底的に処分すると同時に、組織としてそうした不祥事を起こさせない職員教育もきちんと取り組んでいくことで、大阪市はきっとよみがえることができると思いますし、そのためにできることを貪欲に取り入れたいと思っています。そうしたことが「都市格」を上げることに他ならないからです。

市民協働という言葉は大阪という土地柄が持っていた、「おかみになんかまかせれられへん」という自主、進取の気風を今一度大阪の都市格として確立するための一歩であり、勿論、そこにはありとあらゆる市民と、その市民のために動く市役所の姿があることを信じています。

続発する不祥事、更には責任ある職場での大きなミス、まだまだ根絶するには時間がかかると思いますが、昔のように隠ぺいするのではなく、批判を浴びるであろう情報こそ「きちんと整理して」市民の皆様にお知らせし、職員の気付きへとつなげていきたいと思います。

2010年2月20日(土) 平成22年度予算案を発表しました

平成22年度予算案を発表しました。

多くのメディアが伝えてくれたように、緊縮財政の中で生活保護費が膨大に膨れ上がっている状況は異常としか言いようがありません。

大阪市が全国で一番生活保護受給者が多い現実は、随分前から指摘されてきました。そして、それは西成区、あいりん地域に極端な形となって表れています。20人に1人の受給者ということだけでも驚くほどの多さなのに、西成区では約5人に1人、あいりん地域では3人に1人という状況であるとレクチャーを受けました。

あいりん地域で見られる看板の多くに「生活保護相談受付ます」という類の、一見福祉援助に見えるものの、実態はいわゆる「貧困ビジネス」に結びつきかねない「業態」と受け取られても仕方のない状況が多々見受けられることなど、昭和25年から続いているこの制度の「老朽化」を見直す時期を逃してきたツケが今、大阪市をはじめとする各自治体に襲いかかっています。

去年の9月に生活保護行政特別調査プロジェクトチームを立ち上げ、国に対する制度の抜本的改革を要求するための研究や、現場サイドから上がってくる様々な矛盾の指摘をまとめる動きをとり続けています。

この立ち上げは、単に行政の効率化であるとか、市政改革であるとかという運用の矛盾を正したいという範囲ではない動きを、今しなければ、大阪ばかりではなく、日本がダメになると感じたことが私の大きな動機になっています。

一市民であったときに生活保護を巡る様々な矛盾については「うわさ話」として耳にすることはありました。曰く「あの人は昼間は極貧の生活をしているようだが、夜には御殿に帰っている」、曰く「生活保護で受けたお金をギャンブルにつぎ込んでいる」、曰く「なんで年金をかけてまじめに働いてきたのに、若いころ年金もかけず遊びまくっていた人が私より多くの生活保護費を受給できるのか」等々、数え上げればきりがない「うわさ話」です。

勿論、根拠も何もない、誰が何処でどういった証拠のもとに言っているのか分からない次元の話ですが、こうした「まことしやかな」話というのはマスメディアが伝えるよりも口コミで猛烈な勢いで広がるものです。

その結果、善良な納税者で、自らの力で社会に何らかの寄与をしたいと思っている人たちにとって、大阪市は何も対策を取らず、安易に生活保護を受けさしているという新たな「うわさ話」を生んで、マイナスイメージの連鎖になっているのではないでしょうか。

本当にマイナスの要因もあったのかもしれないというのは、現場で懸命にケースワーカーとしての職務を遂行したいと思っている職員の数が圧倒的に足りなくなって久しいという現実も一因かもしれません。そうした部分に手当をすべく、あらゆる知恵を動員しながら「生活保護は最後のセーフティネットである」ということを、今こそ国民すべてで再確認しなければならない事態であると感じるからです。

目先の利益に理性を失いバブルに踊り、今は見る影もなくなったが、過去には人の尊厳を重んじた国だったと語られるようにならないためにも、このプロジェクトチームが提起すべき課題は大きく重いと感じています。

その一方で、一基礎自治体ではあるけれど、日本の福祉制度を様々な面からリードしてきた大阪市の歴史があるからこそ、国に対して制度の抜本的な改革がなければますます目も当てられない状態を招くことを具体的な提案として発信し続けたいと思います。