NPO文楽座10周年記念


大阪公演は31日です。もう、残席僅かということです。震災後日本に帰化されたドナルド・キーンさんのお話も聞けます。NPO法人の主催かと思われます。行けるかな?
来週にせまりました『感謝の集い』プログラムは文楽勘亭流文字で書いていただきました。北浦皓弌さんの直筆です。会場内のどこかに掲示いたします!

触発されるということ(私の英語経験)

「友達」の山納 洋さんの近況で6月から始められる英語版Talkin'Aboutに向けての猛特訓の話に誘発された記憶を。

私は入社試験の時(昭和46年入社ですから大昔)、英語の成績が「とても悪かった」という話を、入社後ある人から聞くことがありました。そんなに自信があったわけではなかったので、「まぁ、日本語のアナウンサーやからなぁ」と勝手に自分に言い聞かせていたのです。(これを単なる負け惜しみという人もいます)

ニュースを担当して15年程経った頃に、やはり日常会話くらいはしゃべりたいなぁと伝手を頼って月イチ程度の個人レッスンを受けたり、ラジオの英会話教室を聴いたりしていました。
そうするうちに、今はもうありませんがMBSの北米支局の支局長の交代時期が来て、手を上げてしまいます。

TOEICもTOEFLも2級も持っていない私でしたので、会社も不安に思ったのでしょう(当たり前ですが)ある英会話学校の大体どの程度の英語力かを調べるテストを受けて欲しいと言われます。(これも当たり前)

当時は何となく勉強していた程度でしたので「ダメもと」で受けたところ、たまたま事前に時事英語のテキストとテープで聴いていた内容とよく似たニュースが長文聴き取り問題に出たんです。ラッキー以外の何物でもありません。結果は「長年離れていただけに文法には難があるが、長文聴き取りは充分滞米可能」となり、1年間の英語研修期間を経て95年の6月から3年間NYで仕事をすることができました。

「なんや自慢話か」と思われた方、表現力不足ですみません。初めて1人でNYのファミレスみたいなところへ行った時に大ショックを受けます。ウェイターがやってきて「◯◯××△?」と聞くのです。(1年間の勉強を打ち砕かれた瞬間でした) 何度かもうイッペンゆうて!もっとゆっくりしゃべってんか!と頼んで、漸く分かったのが「何すんの?」だった時の落胆は相当なものでした。「ワーウォン?」という文字だけでは表現しきれないのですが、つまり恐らくWhat do you want?という言葉だったのでしょう。ヒスパニック系の店員でしたし、レストランで聞かれる時という情景さえあれば「えーと、あのね」くらいのことで済むという心の余裕すらなかったんですね。

そして、ケンタッキー出身のオフィスの助手にその話をしたところ、「大丈夫ですよ。私もNYに出てきた時は、電話に出るのが怖いくらい、相手のしゃべるスピード、内容についていけませんでしたから」と慰めてくれました。余程ひどい顔をしてたんだと思います。

そして、得た自分なりの英語とは、仕事の場合は助手がいますので問題ないとして、日常生活で「分からんことは、分からん」とはっきり言えることが大事だという当たり前の結論でした。結構、開き直りも早いんですよ。

市長時代、様々な外国の方と通訳を介してお話をしました。日本の中で東京以外では外国領事館が一番多い大阪市ですので、その魅力アップのためにも色々と情報を頂ける関係というのは大事だと思っていましたし、その思いに応えてくださる領事館の皆さんも多かったです。

山納さんが目指される英語版とは全くかけ離れた近況アップになってしまいました。英語については先日見たDVD「ソーシャルネットワーク」のあまりのスピードに驚いたことを書こうと思っていたことから、つい触発されて長々と書いてしまいました。

大植英次さんのお父様へのお別れ(広島)

みなさん、こんにちは。GWの折り返し点(という言い方でいいのかな)で、行楽地や繁華街もにぎわっていると思います。ツイッターでは触れましたが、昨日、大植英次大フィル桂冠指揮者のお父様、大植次郎さんのお別れの会に参列させて貰いました。

告別式で弔辞の後に英次さん本人がマイクを持ってご挨拶されました。

先月23日の訃報をブラジル公演に向かう途中で聞かれたこと。公演を中止して帰国しようかどうか考えた時に、既に亡くなられた父君がきっと地球半分離れていても、天上から見守ってくれるのだから一緒だと思い直したこと。そして、お父様の訃報とは関係なくプログラムには武満徹の「弦楽のためのレクイエム」が演目として用意されていたこと。

ブラジル公演の2日目、訃報を知った楽団員から、「今日のレクイエムはEijiのお父さんに捧げる」と言われたことなど、時にいつもの大植節を交えながら、大植さんの演奏活動をいつも応援してくれた次郎さんを偲ぶ会となりました。

広島出身の秋津智承さんがチェロ独奏で3曲の献奏、パブロカザルスの鳥の歌が1曲目。カタロニア地方の調べで、この地方の鳥は「peace, peace, peace」と啼きながら飛ぶんだという説明も。

1時間半ほどの告別式はそぼふる雨の中、しめやかに営まれました。以上、ご報告まで。

アップダウンクイズの小池さん逝く

小池清さんのお通夜から帰って、PCオン。私が入社した頃は既にアップダウンクイズでお茶の間の信頼感抜群。当初は近寄りがたい雰囲気が漂っていたのですが、17歳違いということは私が入社した時にはまだ39歳。本当に落ち着きがあり、温かい思いやりの人であることは、クイズの司会でも随所に。

小池さんといえば、データの整理整頓にかけても素晴らしく、何か尋ねたら「えーっと」といってきちんと整理されたノートが出てくる。「あぁ、あれは何年何月でこの問題が難しいなと思ってた」とか、ニュース項目なども放送終了後ノートにつけておられるのを何度も見ました。

先ほどスポーツ紙の記者の方から電話取材があり、一番思い出に残っていることはという質問。これが、確かかどうかご存知の方教えて下さい。山口百恵さんの結婚式か、サヨナラ武道館かのニュースをナウで取り上げたあとのコメント。「まぁ、どうでもいいといえばいいことなんですが」…真似できません。

お酒が好きで、酔うとちょっとお茶目になり、曲がったことが嫌いで、先にいいたいことがあると、少し口を尖らして、優しい目をして面白い話をして下さった小池さんに心からの感謝と、お礼の気持ちを込めて  改めて 合掌。

「通販生活」の取材を受けて

http://ow.ly/i/zXks こんばんは。帰宅したら、以前ツイートした溝口敦さんの取材を受けた「通販生活」夏号が届いてました。一応、発行日は5月15日だそうです。「人生の失敗」シリーズ23回目の企画です。


子どもの頃の写真も使ってもらいましたが、その中からFB繋がりの皆さんへ1枚。本のキャプションでは自宅の庭?になっていたようですが、本当は自宅前の道路(これが子どもには庭だった時代。もちろん舗装はされてません)。です。1歳から2歳くらいかな。神経質そうな顔してますね。他にも写真をアップしてみます。(写真1)


写真1

写真2
えーっともう一枚。これはもっと小さいころです。父のひざの上で大泣きしてますなぁ。頭でっかちでまんまる…親戚の叔父からは「タコ」っていわれてました。もちろん、愛情がこもった言い方でしたよ。(写真2)



国立文楽劇場でのひととき

国立文楽劇場、この春の大阪公演は明日19日は休演。20日から演目が昼夜入れ替えになります。さて、今日初めてじっくりと文楽を鑑賞しました。「加賀美山旧錦絵」(かがみやまこきょうのにしきえ)の五段(全十一段あるらしいですね)を見てきました。

私と文楽の出会いは恥ずかしながら市長になった翌年、まだ半月も経っていない平成20年の1月公演の鏡開きでした。日本橋(にっぽんばし)の国立文楽劇場前で鏡開きのふるまい酒はニュースなどでご覧になったことがおありだと思います。

その際に6人(でしたか)の人間国宝の方たちと並んで、鏡開きをしたときの印象が強烈でした。私の横に七福神の福禄寿が木槌を持ってスタンバイ、そして合図とともに振り下ろす…当然、人形なのですが、その存在感はまさしくリアル。

福禄寿さん(さん付けでいいのだろうか?)が本当に息をしているかのような不思議な感覚に襲われたのです。あぁ、これが伝統芸能の持つ力なのか…そう感じました。世界無形遺産、大阪が誇る人形浄瑠璃文楽を実際にご覧になる機会はそう多くはないと思いますが、何としてでも子どもたちにこの感覚を実感して欲しい。そう思ったことを鮮烈に覚えています。

太夫、三味線、人形遣いの三者が一体となって演じられる文楽は「三業一体」といわれる総合芸術・芸能です。太夫、三味線が台詞、情景などを耳に訴え、それに呼応して人形遣いのこれも三人が頭と右手、左手、足とそれぞれに呼吸を合わせて三者、三業の統合に観客を惹き込む仕掛け。これが凄い!

大阪市には優れた芸能、芸術に精進しておられる方を称揚し、その文化を次世代に残していこうという「咲くやこの花賞」があります。去年で29回目。演劇・舞踊部門で文楽界9人が受賞されています。

今日の最初、「又助住家の段」の切(その段の最高の見せ場を務める太夫)は咲くやこの花賞第1回受賞者の豊竹咲大夫さん、中を務められたのが28回目の受賞者である豊竹咲甫大夫さん。他にも多くの受賞者がこの公演に出ておられます」

圧巻は皆様ご存知、人形遣い、桐竹勘十郎さんの「お初」でした。たおやかな身のこなし、主を想い揺れ動く心中の表現に、惹き込まれました。余談ですが、幕間に買ったばかりの『文芸春秋』五月号を開くと、「日本の顔」という最初のグラビアページが桐竹勘十郎さん。嬉しくなってしまいました。

ビジネスカフェ(平川克美さんのリナックスカフェ主催)に参加して

平川さんが社長をしている㈱リナックスカフェ(http://www.linux-cafe.jp/)主催のビジネスカフェにゲストスピーカーとして参加してきました。会員制の集まりで、その時々の話題に沿ったゲストを迎えているようです。タイトルは「橋下市政を解剖する」となっていました。

解剖といっても、市長を離れた直後はテレビも新聞もみる気がせず、解剖台に乗せるほどのウォッチもしていなかったのですが、私の思いとしてはむしろ関東の方がこの間の橋下市政(国政への意欲なども)をどうご覧になっているか…それを知りたいという思いが強くありました。

平川さんの「去年の選挙の振り返りと私の4年間の市政について、あまり知らない参加者のために披露して欲しい」というリクエストからスタートして、選挙結果をどうみるか、また4年間地道に(地味にかな)取り組んだ市民恊働とその成果についてお話しさせてもらいました。

関東には殆ど知られていない「市民恊働」を支えて下さった多くの市民の方の協力のお陰で、街頭犯罪、違法駐輪、ゴミ減量の3本柱の成果に結びついたことや、關市政改革の当初目標を上回る財政改革も成し遂げたことを披露しました。

さて、「解剖」ですが、選挙戦だけではなく橋下さんという人は、何事も二者択一、黒か白かの選択を迫るやり方で、批判を受けてもそれ以上の批判で、相手を叩きのめすというのがスタイルであり、府知事時代に大阪維新の会を立ち上げて以降は「選挙こそ全て」という動きを続けてこられたことなど話しました。

私の市長時代の市民の中に入っていって色々と会話をする動きなども「選挙目当ての動き」と批判された記事を読んだ覚えがありますが、この話をしていて「あぁ、橋下さんは自分が批判されるであろうことを先回りして、相手の動きに刷り込むんだな」と以前に感じていたことを思い出しました。

2時間のトークの後、懇親会でも色々と盛り上がりました。昨日のトークの模様は平川さんのラジオデイズ(http://www.radiodays.jp/)でアップされる予定です。